1931年、聖ヴィアトール修道会(以下、ヴィアトール会)は旧満州国四平街(しへいがい)市内で中国人のための教育事業を始めようとしました。当時満州での事業は日本政府の政策を知らずに行うことは不可能であったことから、日本について勉強するようにと会員の一人のピエール・カリエ神父を1937年日本に派遣しました。
大平洋戦争中は、ヴィアトール会のみならず、他の修道会の宣教師たちも監禁状況に置かれ、終戦と宣教活動の再開を期待しながら苦しみを共にしました。その宣教師たちの中には、パウロ古屋義之京都教区長・メリノール会の宣教師たちも入っていました。終戦直後は、京都教区は大阪教区から分かれたばかりで、教育施設を持っていませんでした。満州で活動ができなくなったヴィアトール修道会は、パウロ古屋京都教区長と戦前から彼を助けながら宣教活動をしていたメリノール会から、ヴィアトール修道会に京都へ来るように要請されました。
そのため、1948年5月10日ピエール・カリエ神父はパウロ古屋京都教区長と京都のメリノール会の責任者であるマキロップ神父に、京都教区に中学・高等学校を創設したいという書簡を送りました。それを受け、マキロップ神父は正式にヴィアトール修道会に京都で中・高等学校を開設するよう要請されました。これを受け、京都で活動することを決定したヴィアトール修道会は、正式に会員を派遣することになったのです。
1948年8月16日に、最初の修道院長としてピエール・カリエ神父が再来日し、続いて9月末にパケットとパイオンの二人のブラザー、ロジャー・ドローレット神父とアルフォンソ村田源次神父が到着し、京都での会員は5人となりました。
未知の京都で永住の場所を探していたところ、高野教会の信徒の方から幸いにも譲っていただけたのが現在の住所です。日本家屋を改装して小さい聖堂を造り、1948年12月8日に5人は京都での未来の祝福を願い、御ミサをあげることができました。
こうして、聖ヴィアトール修道会の本部は京都に決定したのです。
*当時の面影を残す修道院玄関、お庭、マリア像です。
1949年9月9日北白川修道院に小聖堂が開設されました。信者および修道院の会員数が増えるにつれ1950年8月17日北白川修道院別館(カリエ・ウイング)が建設され祝別が行われるとともに、聖堂も別館内に移動しました。その翌日、初のミサが別館にて司式され、8月30日には古屋京都教区長によって新聖堂が祝別されました。
1950年12月30日ピエール・カリエ神父、ジャック・プリューダム神父は、北白川教会が京都教区で現在のように独立した小教区になるように古屋京都教区長に要請しました。教会の所有について古屋京都教区長と聖ヴィアトール修道会との間で1951年12月27日に締結されていた協定書に、8月10日「同小教区は教会法1425条2項の文言に従い、いかなる留保もなく無制限に聖ヴィアトール修道会に付属する」ことを明記した条項が付加されました。
こうして、当教会は修道院直轄の教会・独立した小教区としての道を歩み始めました。
当初の家屋では手狭であり、修道会会員の部屋ともう少し大きい聖堂も備えた建物を建てることについて古屋京都教区長に相談し1952年1月に協定書の仮契約がなされました。同年6月1日古屋教区長は聖ヴィアトール修道会総長に教会設立を公式に要請、8月26日、総長の公認を得ることができたので1階に30人くらい入れる聖堂を造り教会として使用しました。
初代教会
第2代教会(1)
第2代教会(2)
1953年修道院内の聖堂が狭くなったので、1階は信徒集会所や勉強の場所とし、2階を聖堂とした教会が建てられ、ほぼ完成した12月25日に荘厳ミサがあげられました。1954年2月7日には北白川教会の献堂式が古屋司教(1951年8月1日教区長から司教に任命された)の司式によって執り行われました。
その後、この建物は40年の間、聖ヴィアトール北白川教会として使用されましたが、1993年8月老朽化したため取り壊されました。1994年3月に現在の聖堂を献堂し、レイモンド・田中健一司教の司式で献堂式が行われました。この教会は教会入口にスロープを設置し、段差をなくし、身体障害者用トイレ・乳児のオムツ交換用ベッドも備えるなど工夫をこらした建物です。
美しい音色を出す鐘楼の3つの鐘はイタリア製で、この新しい教会のために作られました。それぞれの鐘には「信」、「望」、「愛」の文字が印されています。この鐘は、京都にいる聖ヴィアトール修道会の神父たちと以前から親交のあったイタリア人、リノ・ベリーニ神父(聖ザベリオ宣教会)の出身地イタリアのモントリオ・アル・ヴォマノ(Montorio Al Vomano)、イタリアの教区の教会から寄付して頂いたものです。
鐘楼上段/愛
鐘楼中段/信
鐘楼下段/望
聖堂が献堂された時から念願であった聖堂内ベンチを献堂時に新規に造ることは叶いませんでしたが、15年経て、聖ヴィアトール北白川教会の一信徒の寄贈により、2008年12月ベンチを新規に制作・設置し、更に翌年4月聖堂の2階回廊の窓にステンドグラスも寄贈され設置することができました。
2011年10月23日には、ヴィアトール会のマーク・フランシス総長、カナダ本部の管区長代理・当教会9代主任司祭のシャルボノ神父が来日し、パウロ大塚喜直司教の司式の中、ヴィアトール修道会のアンノ菅原友明修道士が助祭叙階され、当教会小教区創立60周年を迎えることが出来ました。60周年にあたっては、教皇ベネディクト16世より書状が授与されました。
2014年4月には、ウイリアム・セルジュ・バティオノ修道士が助祭に叙階されました。さらに、2015年4月18日には、河原町教会において、司祭に叙階され、ウイリアム・セルジュ・バティオノ神父となりました。2016年3月28日にはウィリアム神父が第11代主任司祭に任命されました。
2021年10月には、コロナ禍の中、当教会創立70周年を祝うことができました。
一方、2020年にはゲエタン・ラバディ神父が、2021年にはイブ・ボアベール神父、ジャック・ベルナルド修道士がカナダに帰国し、日本のヴィアトール会は縮小していくことになります。
そして、ついに、2024年3月31日をもって、ヴィアトール会は、日本における宣教から撤退することになりました。同年4月から、当教会は、ヴィアトール会の傘下から離れ、京都司教区の洛東ブロックに所属する教会として、再出発することになりました。
ヴィアトール会のもとからは離れましたが、当教会の守護聖人が聖ヴィアトールであることは変わりません。これからも、カトリック聖ヴィアトール北白川教会は、聖ヴィアトールの生き方に倣い、「キリストの御言葉に従って、信仰を生かし、深め、たたえる共同体」として、祈りを大切にしつつ、地域や社会との交わりを保ち、奉仕活動を積極的に行っていきます。
助祭叙階式
記念撮影
ローマ教皇様からの60周年記年書状授与