トピック

2019年

8月

15日

聖母の被昇天

バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョ「聖母の被昇天」、1680年頃、エルミタージュ美術館
バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョ「聖母の被昇天」、1680年頃、エルミタージュ美術館

聖なる父、全能永遠の神、

聖母マリアの祝日に

主・キリストによって

あなたをたたえ感謝をささげます。
あなたはいのちの主キリストの母マリアを

死後の滅びにゆだねることなく、
きょう天の栄光に上げられました。
こうして聖母マリアは
教会の初穂として神の国の完成にあずかり、
旅する民の希望、信じる者の慰めとなりました。
あなたの救いの わざを たたえる天使の群れとともに、
わたしたちも喜びのうちに歌います。 

(ローマ・ミサ典礼書、聖母の被昇天叙唱)

2019年

8月

12日

ドキュメンタリー映画「ナガサキのシスターたち」

 原爆投下は戦争早期終結のため必要だったと主張する人たちが今でもアメリカなどにいますが、原爆の被害にあったのは日本人だけではありません。第9回ウラン国際映画祭(リオ・デ・ジャネイロ開催)で特別賞を受賞したドキュメンタリー映画「ナガサキのシスターたち」でアラン・べジーナ監督は、長崎で被爆者になったカナダ人シスターたちを描きました。一人のシスターの記録によると、当時、他のカトリック宣教師たちと同様収容所に抑留されていた彼女たちは終戦によって解放され、原爆投下直後の長崎で救助活動に当たりましたが、その後長期に亘り被爆の後遺症に苦しむとともに原爆ホロコーストによるトラウマの虜になったといいます。

 映画のトレーラーはこちらウラン国際映画祭のサイトはこちらです。

 ヒロシマ、ナガサキに続いてフクシマで核エネルギーの恐ろしさを世に知らしめた日本ですが、原発は再稼働されています。京都の最近の暑さはその一因が福井の原発による海水温上昇にあるかもしれません。ヒロシマでもナガサキでも多くの人が灼熱地獄で亡くなりました。道や庭に打ち水をして周りの温度を下げる努力をしながら、平和と環境保護のための知恵を祈り求めたいです。

2019年

7月

01日

病気になったら

 病気になったら、私たちは病院に行きます。当教会の近くには残念ながらカトリックの病院はないですが、プロテスタントの日本バプテスト病院があり、当教会の信者もよくお世話になっていることと思います。町外れの緑豊かな環境で、産婦人科で人気のある病院です。牧師室があり、二人のよいチャプレンと一人のオルガニストが希望者の病室を回ったり、チャペルや附属する高齢者施設で礼拝を捧げ、館内放送でも流していて、ホスピスもあります。しかし、バプテスト病院で間に合わない場合など、他の病院に行くことになるでしょう。でも、キリスト教の病院でないからといって、福音が届かないわけではないようです。

 例えば、京都大学医学部附属病院。携帯電話の電波も届かない地下の放射線治療部の待合室の掲示板に晴佐久昌英神父様の詩「病気になったら」が印刷された紙が貼られています。外来のコーナーに置かれため「利用者の声」というノートに患者さんが書き込んだ詩がよい詩だからと病院側が掲示したようです。

 7連からなる長い詩(詩の前半のテキストはこちらですが、第1連から第6連は「病気になったら」で始まります。たとえば、第1連は「どんどん泣こう」とあって、病気になったら「自分の弱さを受け入れるチャンス」だと伝えています。以下、「おもいきり甘えよう」、「心ゆくまで感動しよう」、「すてきな友達をつくろう」、「必ず治ると信じよう」、「安心して祈ろう」と呼びかけて、病気はいろいろなチャンスであることを語っています。第7連はそのまとめです。

 

「そしていつか 病気が治っても治らなくても

みんなみんな 流した涙の分だけ優しくなり

甘えとわがままを受け入れて自由になり

感動と感謝によって大きくなり

友達に囲まれて豊かになり

信じ続けて強くなり

自分は神の子だと知るだろう」。

 

 詩は「病のときは恵みのとき」と締めくくられています。そのような恵みのために祈りましょう。

 この詩が入っているのは『だいじょうぶだよ』(リンク先はamazon)という詩集です。以下の一人の男性のニュースもご覧下さい。

2019年

6月

15日

フランコ・ゼフィレッリ監督死去

 映画「ナザレのイエス」や「ブラザー・サン、シスター・ムーン」で有名なフランコ・ゼフィレッリ監督が15日96歳で亡くなりました。

 生前インタビューで「信仰は私の人生でした」と語るほど、深いカトリック信仰を抱いた監督でした。また、母親は婚外妊娠であったため中絶を考えましたが、周りの反対で出産に踏み切り、彼が生まれたのだそうです。そのため彼は妊娠中絶反対論者としても知られていました。

 上の動画は「ナザレのイエス」、下の動画は「ブラザー・サン シスター・ムーン」の一部です。

2019年

5月

18日

ブルキナファソの信者のために

 多くの犠牲者が出たスリランカだけではなく、アフリカでもこのところテロのためにキリスト教徒が亡くなっています。アフリカ西部ブルキナファソでは、12日の復活節第4主日のミサで司祭1名と信者5名、翌13日も聖母行列で4名が殺害された模様です。12日に亡くなったシメオン・ヤンパ(Simeon Yampa)神父様は5年前に司祭に叙階された34歳の若い神父様で、その教会の主任司祭であるとともに、諸宗教対話を担当していました。

 上のツィッターの画像で神父様が着ているシャツに印刷されているのは、2005年に列福されたシャルル・ド・フーコー司祭の写真と彼の有名な言葉です。

 L'Amour de Dieu, l'amour des hommes c'est toute ma vie, ce sera toute ma vie, je l'espere.(神を愛し人を愛することが私の人生のすべてです。これからもそうでしょう。そうあってほしいです)

 ヤムパ神父様も殉教者として認められるかもしれません。

 ブルキナファソは当教会の司牧を担当する聖ヴィアトール会の学校もあります。当教会の主任司祭もブルキナファソの出身です。ブルキナファソの信者のために祈りましょう。

2019年

5月

06日

ジャン・バニエ氏、帰天

L'Arche Founder JEAN VANIER dies aged 90

 「ラルシュ」の創設者ジャン・バニエ氏が5月7日未明に90歳で亡くなりました。詳しくはこちら(クリスチャントゥデイ)をご覧下さい。「ラルシュ」(「方舟」を意味するフランス語)は、知的障がいをもつ人たちともたない人たちがいっしょに暮らす施設として1964年に創設されました。世界各国に154のラルシュがあり、日本にも「ラルシュかなの家」が静岡にあります(サイトはこちら)。下の最初の動画はフランスのトローリー村のラルシュを紹介するもので、ジャン・バニエ氏も登場します。氏については、こちら(片柳神父のブログ)も参照下さい。次の動画は英語ですので、字幕機能を使ってご覧下さい。

 すでに列聖されている聖ヨハネ・パウロ二世教皇やマザー・テレサほどの知名度は日本ではないものの、20世紀の聖人の一人と言えるかもしれません。取り次ぎを祈ってもいいですね。


2019年

4月

16日

パリ・ノートルダム大聖堂

 復活祭を前に、信じられないことが起こりました。日本でも各種メディアで報道されていますが、パリのノートルダム大聖堂の火災です。修復中の事故のようですが、専門家によると、こういう古い建築物の修復は危険が伴うとのこと。再建のために、すでに寄付の申し出があり、京都でも金閣寺の住職が仏教会も協力したいと述べているようです。

 動画は、本日4月16日92歳の誕生日を迎えたベネディクト16世の2008年の訪問時のもの。ノートルダム大聖堂の内外の様子を見ることができます。

 画像は、消防隊のチャプレンであるフルニエ神父が消失から救った聖遺物の茨の冠。フルニエ神父は、もう2つの聖遺物(イエスのかけられた十字架の一部と使われた釘の1本)と聖体も運び出しました。詳しくはこちら(英語)をご覧下さい。


 募金についてはこちら(カトリック中央協議会サイト)をご覧下さい。



2019年

4月

13日

2800人以上の洗礼志願者@香港

 ミラノ外国宣教会(PIME)の通信社アジア・ニュースによると、香港教区では今年の復活祭に2800人以上の人が洗礼を受けます。そのほとんどは成人洗礼で、その多くは高い教育を受けた人のようです。洗礼志願者はそれまで、無宗教だったか、伝統的な先祖崇拝を行なってきたかのどちらかですが、それでは人生の意味を見つけることができなかったようです。そして、家族や友人の導き、あるいはインターネットの情報によってキリスト教の使信とカトリックの信仰に行き着き、1年半から2年に至る準備期間を経て、この四旬節の第3、4、5主日に「洗礼志願者のための典礼」に与ったそう。ミラノ外国宣教会の現地の責任者は、このような人たちの受洗によって現地の教会が活性化されるだろうと述べています。
 教会についてネガティブなニュースも多い近頃、このようなニュースによって私たちも心励まされるところです。聖週間を迎え、復活祭に洗礼を受ける人たちに心を合わせて祈りたいです。

2019年

3月

30日

第5回グローバル・ティーチャー賞

 グローバル・ティーチャー賞は、インド人教育起業家サニー・バーキー氏によって設立された「バーキー財団」が世界一の教師に授与する賞で、2015年に始まり、教育界のノーベル賞とも呼ばれているそうです。今年受賞したピーター・タビチさんはフランシスコ会のブラザーで、ケニアの中学校で数学と科学を教えています。貧困で孤児や片親の生徒が多く、学校もパソコンは一台だけ、ネット接続も貧弱な中、科学クラブや平和クラブ、さらには現地の農業を指導し、給料の8割を貧しい家庭の支援に寄付するという献身的な活動で今回の受賞となり、賞金100万ドル(約1億1千万円)が贈られました。

 上の動画でタビチさんは父親の影響で教師になりフランシスコ会に入ったこと、父親からキリスト教的価値を教えられ、快活、無私、謙虚であることを学んだことを語っています。世界に7000万から1億人いると言われている教師のトップとして選ばれたタビチさんはまさにイエスの次の言葉を実践して来たようです。「いちばん先になりたい者は…すべての人に仕える者になりなさい」。


2019年

3月

25日

神のお告げ

バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョ「受胎告知」、1655―60年、エルミタージュ美術館所蔵
バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョ「受胎告知」、1655―60年、エルミタージュ美術館所蔵

2019年

3月

10日

神様は乗り越えられない試練は与えない

池江璃花子選手の2月13日のtwitter画像
池江璃花子選手の2月13日のtwitter画像

 四旬節第一主日の3月10日、当教会で黙想会がありました。指導は米田彰男神父様。著書『寅さんとイエス』で有名なドミニコ会の神父様です。神父様は、聖書における食事の重要性について約1時間半の講話、そして黙想と赦しの秘跡の後のミサの説教で、誘惑について話されました。ギリシア語の原語peirazomenosには、「誘惑」と「試練」との2つの意味があるということ。「誘惑」というと、主の祈りの最後に「私たちを誘惑に陥らせず」とあることが思い出されます。この部分については初代教会の時代から議論があり、ヤコブの手紙にも、神が私たちを悪に誘惑することはないと書いてあるということ。また、トマス・アクィナスによると、誘惑の原因はむしろ、①悪魔、②世、③自分の弱さであるそうです。それに対して、「試練」は神から与えられることがあるとのこと。ヤコブの手紙にも、「試練を耐え忍ぶ人は幸いです」とあるそうです。神父様はさらに、コリント人への第一の手紙の「神は…あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず」(10・13)を挙げました。そして、2月に白血病であることを公表した競泳の池江璃花子選手がtwitterで「神様は乗り越えられない試練は与えない」と綴っていることを紹介されました。神父様の考えでは、これは池江選手が聖書を知っていたというよりも体験から自然に出た言葉であろうということでした。神父様は、池江選手のように病気の人のために四旬節のあいだ祈りましょうという言葉で説教を締めくくられました。

 私たち信者としては神父様の勧めのように病気の人のために祈りたいです。 


2019年

3月

06日

四旬節の断食

 四旬節で行うべき断食。いくつかの話題を紹介しましょう。
 イタリアの『イル・ミオ・パパ』誌によると、教皇フランシスコが暮らしている宿泊施設カーサ・サンタ・マルタは四旬節にはメニューを変えるのだそう。教会法(1249ー1253節)からすると、60歳以上のパパ様も高位聖職者も灰の水曜日と聖金曜日の大斎小斎が免除されるのに、テーブルには肉もデザートも並ばず、パスタとサラダに、希望者のためのチーズ少しだけ。四旬節の金曜日は魚料理(サバの蒸し焼きや魚介類のリゾット)、ジャガイモや野菜やチーズ入りのオムレツ。それ以外の曜日もデザートなしで、ショートパスタ、魚介類やチキンと野菜の料理。肉を使わないピザもイースターまでお預けとのこと。晩はもっと簡単にスープや野菜、スライスチーズのセルフサービス。パパ様さえビュッフェの行列に並ぶそうです。サイトでは、ポモドーロソースのフジッリ、子牛のレモン・スカロピーネ、小サバの蒸し焼きのレシピが紹介されています。こちらをごらん下さい。
 以上、イタリアのサイトから紹介しましたが、私たち日本人にとってはやはりリッチなメニューと言えます。
 次の話題は、『リーダーズ・ダイジェスト』誌より、マクドナルドのフィレオフィッシュの誕生エピソード。1962年、アメリカ・オハイオ州シンシナティ店の店長ルー・グルーンは、カトリックの顧客が金曜日に店に来ないことに気づき、マクドナルド創業者レイ・クロックに魚のバーガーを提案しました。しかし、クロックは魚のバーガーは売れないと考えたので、クロックが考えたフラバーガー(パイナップルとチーズを使用)と、グルーンのフィレオフィッシュのうち売れた方がメニューに入ることになりました。結果はフィレオフィッシュの勝ち。それ以降フィレオフィッシュは通年マクドナルドのメニューに入っていますが、その売り上げの4分の1は四旬節だそうです。

 最後にドイツから。『アインファッハ・レーベン』誌は現在、断食についてのウェブアンケートを行っています。質問文は以下の6つです。

 

質問1.四旬節はあなたにとって霊的な反省と内面的な観想の時ですか?(はい いいえ 答えたくない)

質問2.この四旬節では習慣になっているものを止めようと考えていますか?(はい いいえ 答えられない)

質問3.断食というと、何を断ちますか?

(肉 スイーツ アルコール テレビ スマホやパソコン 車 その他)

質問4.四旬節には普段よりも周りの人たちを助けるように心がけていますか?(はい いいえ 答えられない)

質問5.断食は体の健康にプラスになると考えますか?(はい いいえ 答えられない)

質問6.習慣を止められる人は、よりよい人生を送ると考えますか?(はい いいえ 答えられない)

 

 質問1と4のように、断食だけでなく、祈りや施し(よいわざ)にかかわる質問も含まれています。断食と健康の関係を問う質問があり、また節制の対象として飲食物だけではなく、スマホや車も入っているので、周りの人や環境への関わり方を問うものになっています。今年の四旬節教皇メッセージが「被造物の贖い」を強調していることも思い出されます。

 皆さんなら、アンケートにどう答えるでしょうか。アンケートのページはこちらです。ウェブ翻訳を使ったりして回答してもいいかもしれません。

 よい四旬節を過ごすことができますように。

2019年

1月

17日

聖アントニオの日

聖アントニオ修道院長(251年頃―356年頃)は「修道生活の父」として知られる聖人ですが、豚を始めとする家畜の守護聖人でもあります。そのため、イタリアやスペインでは、記念日の1月17日に動物の祝福が行われます。人々は家で飼っている動物やその餌などを持ち寄って祝福してもらうのです。上の動画はサン・ピエトロ大聖堂前での祝福で、祝福しているのはアンジョロ・コマストリィ大枢機卿。馬や山羊、羊、豚、アヒル、兎、ロバ、犬などのペットが祝福を受けたようです。教皇フランシスコは回勅『ラウダート・シ』で被造物を大切にすべきことを宣言していますが、その精神にも適う伝統的な風習と言えるでしょう。犬や猫、うさぎや小鳥を飼っている信者もいるので、そんな催しが日本の教会にあってもいいですね。

 


2019年

1月

06日

三人の王たちの日

 主の公現の祭日は、ヨーロッパでは「三人の王たちの日」などとも呼ばれ、さまざまな風習があります。フランス語でガレット・デ・ロワと呼ばれる菓子は日本のパン屋でも売られるようになって来ましたが、もう一つの風習が、英語で言うと、スター・シンガーと呼ばれる子どもたち。マントや王冠など王の格好をして、星のついた王笏を手にもって家々をめぐり、歌を歌いながら寄付金を集めます。そして、たとえば2019年の今年なら「20*C+M+B+19」という祝福の言葉を家々の戸口にチョークで書きます。CとMとBの頭文字は三人の博士たち(Caspar, Melchior, Balthasar)を意味するという説もあれば、Christus mansionem benedicat(キリストの祝福がこの家にありますように)を意味するという説もあります。

 上の動画は、三人の博士たちの聖遺物があるケルン大聖堂のものです。寄付金を集めるにしても、このように聖書にちなんだ仕方でできたらいいですね。家々を回るのは無理にしても、当教会の近くにあり私たら信者もよく利用するパン屋のドンクでガレット・デ・ロワが売っているので、子どもたちがテーブルを巡って寄付金を集める許可をお願いしてもいいかもしれません。

2018年

12月

29日

鹿児島での司祭叙階

 鹿児島教区で新しく司祭になられたブグスワフ霧島彬神父様は、大学在籍時代、当教会でいっしょにミサに与っておられました。叙階おめでとうございます。主の祝福のうちに幸いな道を歩まれますように。まだ数年ローマで教会法を学ばれるそうです。よい時でありますように祈りましょう。司祭となられて、私たちのためにもお祈り下さい。

 12月29日(土)午前 11時より鹿児島カテドラル・ザビエル教会で中野裕明鹿児島教区司教の司式により行われた叙階式の模様は動画で見ることができます(こちら)。

 鹿児島教区報には、紹介記事(こちら)や助祭叙階式の記事(こちら)、神学生時代の近況報告(こちら)も載っています。写真は他にもあります(レデンプトール宣教女会ブログ)。当教会在籍時代、京都教区の召命促進元年で召命のためによく祈っていた頃、召命について考えられたのでしょうか。そして、朝のミサや聖体顕示によく来られていました。青年会の勉強会や典礼部主導の勉強会でもご協力いただきました。当教会での初ミサも期待しましょう。



2018年

12月

24日

祝御降誕祭

 上の絵は、日曜日に当教会に家族で来られるフランス人の指揮者ヤニック・パジェさんの6歳の娘さんが描いたものです。パジェさんは大阪教育大学外国人教師でもあリますが、現代音楽の作曲家でもあり、Salve ReginaやVeni Creator Spiritusなどの作曲もあるそうです。詳しくはこちらをご覧ください。

2018年

12月

08日

くすぐりの聖母

マサッチョ「くすぐりの聖母(カッシーニの聖母)」、1426―27年、ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
マサッチョ「くすぐりの聖母(カッシーニの聖母)」、1426―27年、ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

 待降節は他のどの季節よりもマリア中心の季節。それは、数週間後にマリアが母としてイエスを生むからだけではなく、教会も母として、信仰の模範としてマリアと同じ心をもつから。マリアとイエス、教会とイエスの関係は神学のテーマであるだけではなく、考えられないほどさまざまな作品をこの世界に生み出したー美術、音楽、詩などの文学、ロザリオなどの信心業から料理に至るまで。教会堂も美術館も個人の住宅もそのような宝物に溢れている。

 教会の典礼には、待降節第4主日(A年B年C年の黙想を参照)と主の降誕の祭日(夜半)の他にも、母マリアに関係する祭日がある。たとえば、12月8日の無原罪の聖マリアの祭日と、1月1日の神の母聖マリアの祭日(こちらを参照)だ。

 このサイトではこれまでにも、マリアを描いたさまざまな絵画を掲載してきたが、今年は、とても美しいがきわめて珍しい絵画を紹介する。描いたのは、その本名よりあだ名で知られるルネッサンスの有名な画家マサッチオ(1401―1428)。数奇な歴史をもつ絵画だ。現在フィレンツェのウフィツィ美術館が所有しているが、ナチスの時代にイタリアから盗まれ、戦後ドイツから返却された際に、マサッチオのものと専門家が鑑定した。

 一般に聖母画はやさしいイメージで、りんごや小鳥などの小道具によって神学的な意味を付与されるが、この絵画には珍しい特徴がある。教会堂で使われる正式なものではなかったから、少し崩れた日常的なイメージだ。マリアは2本の指を伸ばし愛情深く幼子イエスを祝福している様子だ。しかし、祝福は赤ちゃんを笑わせる仕草に変わる。そのために、この絵は一般に、カッシーニという発注者に由来する正式な表題Madonna del Cassini(カッシーニの聖母)より、Madonna del solleticoという名前で親しまれている。イタリア語のソレティコは、英語でティクリンに相当し、くすぐりという意味。それほどのやさしさを示すマリアなのだ。

 くすぐりの聖母を描いた絵画はこの絵以外には、ラファエロが描いたフォリーニョの聖母(こちらを参照)しかないほど、珍しい絵画だ。マリアはイエスがかわいい子だから、笑わせようとしてくすぐる。くすぐられたイエスは微笑み、マリアの腕を小さな手でつかむ。きわめてリアルな描写だ。

 しかし、注意すべきところがある。それは、他の同様の聖母画を理解するために大切なことだ。古典的な美術では、マリアの顔は真面目で、笑わない。絵を見て祈り観想する人に画家が言いたいのは、イエスはマリアの子であるだけではなく、私たちのために十字架の上で死ぬために来られた方だということ。マリアはシメオンから言われる。「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」(ルカ2・35)。そのことはこの絵の2つの細部からも伺われる。一つは、イエスの首の周りの黒い鎖。ロザリオに見える。もう一つは、イエスの肩に描かれた、珊瑚のように赤い十字架だ。イエスの血を連想させる。こうした細部は、降誕祭に生まれるマリアの子がただの人間ではなく、私たちのために生まれる神の子だということを予感させる。


 降誕祭の準備のために、マリアへの2つの祈りを紹介したいと思います。最初は、奇跡が認められて今度列福されるアルゼンチンのエドゥアルド・ピロニオ枢機卿の祈り、次は、リジューの聖テレーズの祈りです。

小さな者たちの母よ

 

貧しい人たちと小さな者たち、

何ももっていない人たちと

誰からも理解されず孤独に苦しむ人たちの

母であるマリアよ、

主をくださったことに感謝します。

私たちは幸せに思い、

その喜びを多くの人たちに伝えたいです。

憎しみ合っている人たちに叫びたい、

「神は父であり、私たちを愛している」と。

恐れている人たちに叫びたい、「恐れるな」と。

疲れている人たちに叫びたい、

「前に進め、神がともに歩んでくださる」と。

 

途上にある人たちの母よ、私たちに教えて下さい、

あなたのように、受け入れらず迎え入れられなくても、

貧しく小さくあること、

野望を抱かないこと、

自分を忘れ人に尽くすこと、

平和と希望の使者であることを。

 

暴力の代わりに愛を満ちあふれますように。

人と人のあいだ、国と国のあいだに

正義がありますように。

真理と正義と愛の中に

キリストのまことの平和が生まれますように。

私たちがキリストを証しする教会でありますように。

 

(エドゥアルド・ピロニオ枢機卿)

私はあなたのもとに逃げ込みます

 

ああ、恵みあふれるおとめよ、

わたしは知っています、

あなたはナザレで貧しい生活を送っていましたが、

それ以上のことを望みませんでした。

選ばれた人たちの元后(きさき)よ、

法悦も奇跡も他の特別な出来事も、

あなたの生活を彩ることはありませんでした。

 

謙遜な人たち、「小さな者たち」は

地上にたくさんいます。

彼らは恐れることなく

あなたに目を向けることができます。

あなたは、彼らといっしょに道を歩み、

彼らを天国に導く比類のない母。

 

ああ、愛する母よ、

私はこのつらい追放の地で、あなたとともに生活し

日々あなたに従うことを望みます。

あなたの観想に逃げ込むと、

あなたの心には深い愛があります。

私のあらゆる不安は、

泣くことと喜ぶことを教える

あなたの母のまなざしの下に消え失せるのです。

 

(リジューのテレーズ)


2018年

12月

04日

バイブル・デコ日記?

 Bible Art Journaling をご存知ですか?日本でもスクラップブッキングやデコ日記(デコ←デコレーション)が流行っていますが、聖書をデコることが何年か前からアメリカを中心としてブームになっていて、余白を広く取り滲みにくい紙を使った専用の聖書やシールなどのセットも販売されているようです。聖書デコ日記とでも訳せるでしょうか。マスキングテープ、シール、スタンプを使ったり、ペンや水彩絵具で文字やイラストを描いたりすることで、いわゆる右脳でも聖書を体験しようという作業と言えるでしょうか。でも、聖書は昔から装飾イニシャルや絵入りの写本がありますから、まったく新しい試みでもないかもしれません。

 画像の本は英語ですが、方法や具体例が紹介されています。画像をクリックすると、amazonのサイトに飛ぶので、「なか見!検索」でご覧ください。Bibel Art Journaling、Bibel Journalingといったキーワードで他の本も検索下さい。Instagram やPinterestでもさまざまな画像がアップされているので、眺めるだけでも楽しいです。

 日本のカトリック教会では日曜日「聖書と典礼」というパンフレットが配布されます。漢字文化の日本では聞くだけでは理解するのが難しいことがあり、書かれた文字が手もとにあるのは理解の助けになりますし、集会祈願などの祈願文が載っているのも便利です。反面、「聖書と典礼」だけでは聖書全体の流れをとらえるには不十分ですし、それに頼って自分の聖書を開く機会が減っているかもしれません。教会に行きミサに行くことは大切ですが、それだけでは信者として十分ではないです。個人的に聖書を読むこと、祈ることが大切です。伝統の浅い私たち日本の信者は、聖書デコ日記のような工夫によって日々信仰を生きる生き方を見習うことができるかもしれません。

2018年

11月

25日

ド・レペ神父

手話版はこちら

 「言葉」と言うと、聞いたり話したりする言葉をふつう思い浮かべますが、それだけが言葉ではないようです。人間はたとえ耳が聞こえず声を出すことができなかったとしても、身ぶり手振りで互いに意思疎通を図ろうとするのです。言葉はそれほど人間の本性に根ざしていると言えるのかもしれません。

 キリスト教は言葉を大切にします。耳の聞こえない二人の子どもの姉妹が身ぶり手振りで互いに意思疎通をとっていることに気づき、それによってろう者を教育しようとしたのが一人のカトリック神父だったのも偶然ではなかったかもしれません。シャルル・ミシェル・ド・レペ(1712―1789)は当時ジャンセニストとして不利な状況にありながら、二人の姉妹の身ぶり手振りを手話に発展させ、1760年に史上初の聾唖学校を始めました。

 2006年の国連総会で、手話は言語であると定義した国連障害者権利条約が採択されました。ド・レペ神父の始めたことに思いを馳せたいです。

 


2018年

11月

18日

ジョルジュ・ルオー展

 キリスト教美術と言えば、古典的な美術を思い浮かべる私たち。けれども、キリスト教美術は現在に至るまで進化し続けています。その代表例がフランスの画家ジョルジュ・ルオー(1871~1958)。マティスやピカソのスタイルを取り入れながら、宗教画を制作しました。東京のパナソニック汐留ミュージアム(港区)では12月9日まで、ルオーの代表作を数多く集めた特別展「ジョルジュ・ルオー──聖なる芸術とモデルニテ」が開かれています。


2018年

11月

01日

世界一小さな教会の主任司祭

 スイスに本部があるベトレヘム外国宣教会のゲオルク・シュトルム神父様(1915−2006)。中国宣教から撤退した後、来日し、盛岡で日本語を学び、岩手県南部の大籠教会に赴任します。アルプスに生まれ育った神父様はそこで、酪農を通じて宣教しようとしますが、神父が労働をすべきではないと当時の司教が反対し、別の教会に転勤となります。そして、1959年、自ら志願して岩手県北部の二戸(にのへ)教会に赴任します。信徒は10名に満たない世界一小さな教会(推定)です。神父様は二戸の家を一軒一軒訪ね、キリスト教に関心がある人はいないかと聞いて回りますが、誰もおらず、がっかりしたと言います。

 失意の中でも祈り続ける神父様。聖務日課を唱える代わりに、ギターを片手に自分でメロディーをつけて歌います。二戸に移った翌年、オリジナルの聖歌集『バイブル・ソング』を出版。若い頃に隠修士に憧れトラピスト修道院に入ることさえ考えた神父様は教会の敷地で山羊を飼い、畑を借りて小麦や野菜を育てて自給自足の生活を送りながら、地元の植物画を制作したり、宮沢賢治の童話を知ったのをきっかけに童話を創作し、童話集『子山羊とフランシス』『幸せの種』を出版。もっとも宮澤賢治イーハトープ賞は辞退したそうです。

 工事で樹木が伐採された山を見たのがきっかけで、教会の庭で種から苗を育てて、木を植える活動を始めます。各地に2000本の苗木を植えて、岩手日報文化賞を受賞。御聖堂も神父様が木から彫った十字架像や聖母子像などが飾られました。

 神父様の帰天後、残念なことに、二戸教会は道路拡張工事のため取り壊され、もはや訪れることができません。しかし、私たち信者は、残されたさまざまな作品を通して神父様の霊性を知り、失意と孤独と貧しさの中でも祈り続け神から与えられた素質(タレント)を大きく育てることを神父様の生き方から学ぶことができます。たとえ信者が少なくても教会は教会なのです。

 神父様を紹介する黒澤勉著『木を植えた人・二戸のフランシスコ』(イー・ピックス)から神父様の言葉をいくつか引用しましょう。

 「農業は一番美しく、尊い仕事です」。

 「聖務日課を歌っているとき、私ははっきりイエズスに助けられていること、イエズスが自分の中に働いていることを意識します。信仰はペトロが言うように<冷静な酔い>であり、単に感情に支配されるのでなく、義務のように実行し続けるものです」。

 「スイスでは神父を頼んで植物を聖別します。…聖別を、プロテスタントは迷信だと言いました。しかしカトリックの信仰では、すべての自然の中に神の霊の働きを信じています」。

リンク先はamazon。

 「神は決して人に強いることはなく、ただ提案するだけです。私たちは神の提案を受け入れその御旨を果たすべきです。それは多くの場合、小さく、つまらないように見えます。しかし、それはイエズスのもとに入って、大きなこととなります」。

 神父様のお母様はフランシスコ会の在俗会員で、神父様自身フランシスコを慕っていたことから、黒澤氏は神父様を二戸のフランシスコと呼んでいます。神父様の出身地スイスから、カトリックではありませんが、アルプスの少女ハイジや、晩年スイスに住んで庭仕事をしながら水彩画も製作したヘルマン・ヘッセも連想されます。いずれも日本人によく親しまれています。宣教師としての神父様の願いは、神父様が天に戻られたこれから叶えられるかもしれません。


2018年

10月

21日

世界宣教の日

福者パオロ・マンナ
福者パオロ・マンナ

 毎年10月の最後から2番目の日曜日は世界宣教の日。今年は日本ではあまり知られていない二人の人物を紹介しましょう。

 今年の教皇メッセージの最後に名前が挙がっている福者パオロ・マンナは、ミラノ外国宣教会の司祭です。ビルマでの12年間の宣教で結核になって帰国した後、『レ・ミッシオーニ・カトリケ』誌の編集長となり『プロパガンダ・ミッシオナーリア』誌を創刊。その後、後に教皇庁立となる宣教師連合を設立しました。

尊者ポーリーヌ・マリー・ジャリコ
尊者ポーリーヌ・マリー・ジャリコ

 世界宣教の日の献金は福音宣教庁信仰弘布会に送られますが、その会を始めたのが尊者ポーリーヌ・マリー・ジャリコ(1799ー1862)。聖ヴィアトール会の創立者ルイ・ケルブの同時代人で、同じくリヨンの人。17歳の時母親が亡くなり終生処女(おとめ)の誓願を立てます。兄の一人がベトナムの宣教師だった彼女は、姉夫婦が経営する工場の女工たちといっしょに祈りと献金で宣教師を支える運動を始めます。たくさんの人たちがそれに加わって、教皇庁に属する「信仰広布会」になりました。宣教活動を報告する必要性も主張していました。

 二人とも聖フランシスコ・ザビエルのように有名ではありません。けれども、だからこそ、私たちにとって宣教の模範になりそうです。私たちも自分の周りでたとえ小さなことでも宣教のために何か始められますように。


2018年

9月

17日

聖ヒルデガルト修道女

 

 日本ではむしろカトリック信者以外の人に知られているキリスト教の文化があったりしますが、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098−1179)もそうかもしれません。ベネディクト16世によって正式に列聖されたのは2012年のこと。同年には教会博士にも定められました。9月17日が記念日です。

 ドイツ・ライン川地方のビンゲンでベネディクト会女子修道院の院長を務め、神学、絵画、作曲、医学などさまざまな才能を発揮したヒルデガルト。信者以外の人を講師などとして招いて、ヒルデガルトの一日を教会で企画しても楽しいかもしれません。たとえば、午前中にヒルデガルト料理の教室、お昼はできたものをいっしょに食べ、午後にヒルデガルトの作曲した曲を鑑賞するコンサートや、ヒルデガルトの著作についての講演会といったことが考えられますね。

 

2018年

8月

15日

聖母の被昇天

御子の昇天の後、おとめマリアはその祈りによって、歩み始めた教会を助けました。天に上げられてからも、マリアはその子らのために執り成しを続け、すべての人のために信仰と愛の模範であり続け、あふれるほど豊かうなキリストの功徳からほとばしり出る救いの恵みを彼らの上に注ぎ続けます。キリスト者は、将来、自分に与えられるであろう復活の姿と先取りをマリアの中に見、マリアを弁護者、扶助者、仲介者として呼び求めます。(『カトリック教会のカテキズム要約』197)


2018年

7月

17日

ジョルジュ・ルメートル

 グーグルのタイトルで気づかれた方も多いかもしれませんが、今日は、ビッグバン理論の提唱者であるジョルジュ・ルメートル(1894―1966)の誕生日。

 ルメートルは天体物理学者であるだけではなく、カトリック司祭でもありました。だから、ベッグバン理論と創造論との調和という問題について考察したそうです。ルメートルは教皇庁科学アカデミーの会長も務めたことがあります。

 科学の真理は信仰と矛盾しません。神を知るために自然を探求する科学者もたくさんいます。


2018年

5月

31日

前田万葉大司教(大阪教区)、枢機卿に

 2009年に白柳枢機卿が亡くなって以来、日本人の枢機卿はいませんでしたが、前田万葉大司教(大阪教区)が枢機卿になることが先日発表されました。日本人としては6人目です。詳しくはこちら(カトリック中央協議会)をご覧ください。

 前田大司教は1949年、長崎五島列島生まれ。生まれ育った中通島の仲知は住民のほとんどがカトリック信者で、子どもたちは毎朝ミサに通うのがふつうだったとのこと。家族にも、明治初期のキリシタン迫害に遭った曽祖父や、村八分にされながらカトリックに改宗した祖父がいるそうです。父の兄の一人は司祭となり、父は司祭になる夢をかろうじて断念して小学校教員になり、11人の子どもを育て息子4人を神学校に入れたそうです。「なぜ信者にしたのか」「なぜ神学校にやったのか」と親を恨む時があっても司祭になった長男が万葉神父。一年の助任を経て、五島列島、佐世保、平戸の主任司祭を歴任します。

 ちょうど叙階15年目に動脈の難病(ビュルガー病)になり入院手術。足の切断の可能性を医者に指摘されて、一日約50本吸っていたタバコも絶ちました。しかし、病気は「力と希望」「勇気と解放」のきっかけになったよう。その後、高校の卒業式の訓話で湾岸戦争に触れて新聞に載ったり、教会敷地内のアスファルト舗装計画に待ったをかけたり。

 そして、31年にわたる小教区での司牧活動の後、中央協議会事務局長に就任し、その5年後に広島教区司教に、さらに3年後に大阪教区大司教になります。主任時代からエキュメニズムの集いに参加していましたが、司教としても中央協議会でエキュメニズム関係の委員長を務めています。

 昨年、『烏賊墨の一筋垂れて冬の弥撒』(リンクはamazon)という本を出版したそうです。教会報の文章や講演・対談をまとめたもので、教会生活のさまざまな問題が触れられていて、長崎の信者の信仰や教会の具体的な様子を知るためによい本です。しかし、一番の特徴は、頁のあちこちに俳句や短歌が散りばめられていること。神父様は万葉という名前のために人から勧められて俳句を作るようになったのだそうです。本の題名となった俳句は、釣りから早朝のミサに駆けつけた時のことを詠んだもの。

 他にもいくつか紹介しましょう。

 

飼い葉桶餌と成しか神の御子

 

この句を神への冒瀆と非難した司祭もいるそうですが、ミサの祭壇は、キリストが私たちを生かすためにパンとなりぶどう酒となる場だから、飼い葉桶のようなものだと言います。キリストが「仕えられるためではなく仕えるために」(マタイ20章)来たというのはまさにそのことだということ。そういう愛を体験してほしいと、結婚式の司式の際にはいつも「仕え合って仕合せに」と説教するのだそうです。また、自身の父も11人の子どもを育てるため学校の仕事の後も深夜まで畑を耕すほど働いて早死したそうです。風邪を顧みず青年の聖地巡礼に付き添い肺炎で亡くなった故島本要長崎大司教も「私たちはいかに美味しく食べてもらうかだね」と言っていたというエピソードも本書で紹介されています。

 

10月や繰るコンタツは家庭の和

 

子供のころ、父母が夫婦喧嘩しても、夕の祈りの時間になると、何もなかったように、家族いっしょに祈ったとのこと。そのため、父母が喧嘩していると、子どもたちからロザリオの祈りを始めることがあったそうです。こんな信仰の原体験が新枢機卿にあるのですね。

 パリ宣教会の神父様たちも、迫害に遭った時には十字を切って「天にまします」「めでたし」を唱えることを信者に教えていたのだそうです。

 

 谷川の水をもとめし鹿のごと

神を慕いし先祖らの御堂

 

曽祖父の一人白浜岩助は平戸の牢で拷問を受け、棄教すると言って帰ると、キリシタンに戻ったそうです。そして、痛悔と困窮の中で建てたのが野首天主堂(野崎島)。「神様はその都度『私を愛しているか』と問われるはずです。それで転んだとしても、それにも増して、また『愛しているか』と問われるのです」。「岩助爺も若い時には、もう信仰を捨てますと言ったかもしれないけれども、一生をかけてその償いをして、そして、一生をかけて信仰を証した。そして、最後は、殉教と同じだと思います」。

 新枢機卿が受けた使命に忠実であるように祈りましょう。


2018年

5月

30日

ロルフ神父様の長崎巡礼

ロルフ神父様のブログ
ロルフ神父様のブログ

 ロルフ・ズムテュルム神父様はスイス・シオンの教区司祭ですが、サバティカルのため秋に来日しました。京都のNCC宗教研究所で諸宗教対話のプログラムに参加中、聖ヴィアトール修道会北白川修道院に滞在。他にも長崎や東京も訪問したようですが、このたび26聖人の道を徒歩で行く巡礼を計画し、この11日、当教会でのミサで派遣の祝福を受けました。午後にも、フランシスコの家から西陣教会まで歩いた後、西陣教会でミサを捧げたようです。

  サンティアゴ・デ・コンポステーラやアシジへの巡礼の経験があるロルフ神父様。長崎には復活祭頃に到着する予定だそう。旅の様子はブログで報告されます。

www.japanpilgerreiserolfzumthurm.wordpress.com

 神父様のために祈りましょう。道中、守られますように。必要な助けとよい出会い、そして神の祝福がありますように。

2018年

5月

05日

聖母月

 京都の町にはあちこちにお地蔵さんがありますが、ちょうどそれと同じように、ヨーロッパの古い町や村にはあちこちに十字架のイエス様やマリア様、ヨセフ様などの社のようなものが置かれていて、室内だけでなく、屋外でも祈ることができます。

 聖母月の5月はバラの咲く季節。散歩して美しく咲いたバラを見つけたら、マリア様を思い出して足を止め、「アヴェ・マリア」や「天の元后(レジナ・チェリ)」(こちらを参照)の祈りを唱えるといいですね。

*動画はドイツ語のタイトルですが、聖マリアのすばらしい美術作品がまとめられています。

**今年から聖霊降臨の主日の翌日の月曜日は教会の母聖マリアの記念日になりました。典礼式文はこちら(中央協議会サイト)をごらん下さい。


2018年

5月

03日

アルフィー・エバンズ

 英国で難病の赤ちゃんの人工呼吸器が両親の反対にもかかわらず外されるのはこれで三度目。アルフィーちゃんは病院の医師たちの予想と放任に反して、数日間自力で呼吸したと言います。与えられた命をできる限り生きようとするのが人間です。そして、「医師が任命されたのは、できるかぎり命を救い、できるかぎり助け、そしてもう治せないときには看護するため」とナチス強制収容所の生還者として知られる精神科医ヴィクトール・フランクルも語っています。

 ナチスによる乳幼児殺害作戦さえ思い出させるこのような処置が繰り返されないことを願います。 


2018年

1月

23日

尊者エリザベト・マリア北原怜子

尊者マリア・エリザベート北原怜子
尊者マリア・エリザベート北原怜子

 1月23日は尊者北原怜子の命日。今年、帰天60年になります。

 「蟻の町のマリア」として知られる北原怜子は1929年生まれ。戦後、コンベンツァル聖フランシスコ修道会のゼノ修道士と出会い、隅田公園内に存在した集落「蟻の町」の子どもたちのために奉仕活動を始めます。無理がたたって、1958年に28歳の若さで亡くなりました。その生きざまは松竹で映画化。今から3年前の2015年には、バチカン列聖省によって尊者に認められました。

 23日まで、隅田公園内のギャラリーで当時の写真資料展が開催されています。詳しくはこちら

2018年

1月

09日

2017年に殺された宣教師

 2017年に殺された宣教師は全世界で23人。さまざまな国で働く司祭や修道者、信徒でした。

 聖パウロ修道会の週刊誌Famiglia Cristianaによる右のYouTubeビデオはそのうちの3人を紹介しています。最初は、受刑者と貧しい人の権利を擁護する運動で知られていた72歳のフィリピン人司祭。銃をもった四人の男に襲われ殺されました。次は26歳のポーランド人女性。さまざまな国でボランティア活動の経験があり、宣教プロジェクトに参加していました。最後は、ジンバブエの49歳のシスター。ムトコの聖十字架教会の前で祈っている最中に、精神障害のある男に襲われレイプされ殺されました。遺体はダムの水中に浮かんでいたそうです。


2018年

1月

02日

イエスのみ名

 使徒言行録やパウロの手紙など新約聖書ではさまざまな箇所で、イエスの名にこそ救いがあること、イエスの名を唱えることで救われることが記されていますが、1月3日はイエスのみ名の記念日。この日の聖務日課(教会の祈り)の晩課(晩の祈り)では伝統的に、Jesu dulcis memoriaという讃歌が歌われました。この讃歌は12世紀から伝えられており、蜜したたる博士として知られるクレルヴォーの聖ベルナルドに由来するともされてきました。イエスのみ名の記念日については こちら(Laudate)をごらんください。


Jesu, dulcis memoria,
dans vera cordis gaudia:
sed super mel et omnia
ejus dulcis praesentia.

Nil canitur suavius,
nil auditur jucundius,
nil cogitatur dulcius,
quam Jesus Dei Filius.

Jesu, spes paenitentibus,
quam pius es petentibus!
quam bonus te quaerentibus!
sed quid invenientibus?

Nec lingua valet dicere,
nec littera exprimere:
expertus potest credere,
quid sit Jesum diligere.

Sis, Jesu, nostrum gaudium,
qui es futurum praemium:
sit nostra in te gloria,
per cuncta semper saecula.
Amen.

イエスの面影は甘美で

こころにまことのよろこびをもたらす

けれど、その甘美な逢瀬は

蜜を超え、すべてを超える

 

どんなにやさしい歌も

どんなに快い音色も

どんなに甘美な情景も

神の子イエスをしのぐことはない

 

悔いる人の望みイエス、あなたは

願う人にこれほど答え

求める人にこれほど与えてくださるなら、

見出す人にはどうだろう

 

舌も言うことができず

文字も記すことができないが

体験した人は信じることができる

イエスを愛するとはどういうことかを

 

イエス、あなたが私たちのよろこび

将来の報いとなってくださるように

私たちの栄光があなたにあるように

いつの世にあってもいつも

アーメン

(私訳)


2017年

12月

03日

聖フランシスコ・ザビエル

エラスムス・クェリヌス2世「聖フランシスコ・ザビエルのヴィジョン」1656年、インディアナポリス美術館
エラスムス・クェリヌス2世「聖フランシスコ・ザビエルのヴィジョン」1656年、インディアナポリス美術館

 日本にはじめてキリスト教を伝えた宣教師として日本でも有名な聖フランシスコ・ザビエル。日本の守護聖人でもあります。12月3日は彼の記念日。今年は日曜日になったため、イエズス会の教会では翌日4日に記念されるようです。

 パリ大学在学時の若いザビエルは司祭になろうとしていたものの、純粋な動機からではなく教会内での高い地位を目指していました。ところが、イグナシオ・ド・ロヨラと出会い、他の仲間たちとともに誓願を立てます。聖地エルサレムに巡礼するという誓願でしたが、教皇の命を受けインドのゴア(当時ポルトガル領)に赴くことになります。教皇使節として派遣されながらも、司教館ではなく病院に住み込み、周辺の住民の司牧にいそしむザビエル。一人の日本人と知り合って日本に行く決心を固めます。1949年、鹿児島に到着、宣教を始め、教義の日本語訳にもかかります。しかし、天皇に会うことは叶わず、まずは中国皇帝を改宗させようと一旦ゴアに戻ったあと中国本土に渡ろうとしている時に天に召されました。

 ザビエルが日本から送った手紙(抄訳はこちら)に刺激を受け、多くの宣教師が来日しました。しかし、禁教令が発せられ、キリシタンは大弾圧を受けます。明治の開国、そして大戦後も多くの宣教師が訪れましたが、日本では信者は少なく、その少ない信者も今では高齢化しています。宣教師にとってチャレンジであると言われる日本。そんな国で信者である私たちはまず信仰に導かれたことを喜びたいです。今日はザビエルだけではなく、これまでに来日した宣教師たちを思い、信仰の賜物に感謝してもいいかもしれません。そして、私たちも宣教の勇気を聖人の模範から得たいです。

 「聖フランシスコ・ザビエルの姿を観想すると、福音宣教に生涯をささげて救い主イエスの福音の素晴らしさを伝える人びとのために祈る呼びかけを感じます」(ベネディクト十六世の45回目の一般謁見演説)。 


2017年

9月

30日

世界宣教の月

 カトリック教会では、毎年10月は世界宣教の月と決められています。そして、10月の最後から2番目の日曜日は、世界宣教の日と呼ばれ、世界各地の教会で宣教のために祈り、献金が集められます。今年の世界宣教の日の教皇メッセージはこちらです。

 今年の世界宣教の月にあたって、宣教について考え祈り行動するために、日曜日ごとにPDFファイルを用意しました。ファイルの最後には祈りも載せられています。

 宣教についてはこちらもご覧ください。

2017年宣教月第一主日.pdf
PDFファイル 423.0 KB
2017年宣教月第二主日.pdf
PDFファイル 298.1 KB
2017年宣教月第三主日.pdf
PDFファイル 490.2 KB
2017年宣教月第四主日.pdf
PDFファイル 369.3 KB
2017年宣教月第五主日.pdf
PDFファイル 610.9 KB

日曜日ごとのファイルの内容は以下の通りです。

  テーマ 教皇 あかし人 祈り
1日 宣教は教会の使命 メッセージ 聖ステファノ 宣教する力を祈る
8日 赦しを願い与える 壁を倒し橋を架ける 福者ユスト高山右近 あなたの終わりなき平和を
15日 苦しむ人に手を 難民 マンデラ、ゼノ他 主よ、私をお使いください
22日 家庭と教会で マリアに学びましょう 証しする勇気と喜びを 宣教者の召し出しを祈る
29日 聖霊の賜物を祈る 若者と家庭 シャルル・ド・フーコー 私たちとともにいてください

2017年

9月

17日

福音宣教省長官フィローニ枢機卿、来日

 バチカンの福音宣教省長官フィローニ枢機卿が来日しました。17日、東京に到着した枢機卿は、福岡、長崎広島、大阪仙台を訪問した後、東京に戻り、26日、ローマへの帰路につきました。カトリック中央協議会のまとめはこちらです。

 フィローニ枢機卿の司牧訪問に際し、教皇フランシスコは日本の司教団に書簡を送りました。全文の日本語訳はこちらで、英語訳はこちら、バチカン放送局のまとめはこちらです。この書簡でパパ様が日本の司教たちに言いたいのは、もっと情熱的に宣教してほしいということです。

 日本の司教たちは、弱者の世話や移民信者の受容、文化の発展や諸宗教対話や自然環境問題に熱心だけれども、パパ様が特に望んでいるのは宣教の努力であるようです。信者が少ないなら、マタイ福音書にあるぶどう園の主人のように、「働き手」を探しに出かけるチャンスだと言います。日本の社会には、高い離婚率や若者の自殺、引きこもり、宗教的霊的形式主義、倫理的相対主義、宗教への無関心、仕事や金儲け第一主義といった問題があるのだから、諦めたりしてはいけないのです。召命のためにまず大切なのは、使い捨て文化に抗して、イエスが教えた愛を若い人が理解し体験するように助けることだと言います。聖座が認めた信徒運動も福音宣教の役に立つと言っています。

 パパ様は教会は「外に出かける」べきだといつも言います。来月10月は世界宣教の月。パパ様の書簡をゆっくり読みながら、宣教のために祈り考え協力したいものです。

 


(動画はフィローニ枢機卿の福音宣教省着任当時のもの。)

2017年

9月

03日

パパ様たちは冷たいのがお好き


 ずいぶん秋めいてきましたが、かき氷やフラッペはともかく、アイスクリームはまだまだ楽しめる季節。海外のウェブマガジンaleteiaの記事によると、近年のパパ様たちはアイスクリームがお好きなよう。もっともパパ様によって好みは違います。

 アルゼンチン出身の現教皇フランシスコが好きなアイスは、ドゥルセ・デ・レチェを使ったアイス。ドゥルセ・デ・レチェは、砂糖を入れた牛乳を煮詰めて作るアルゼンチン銘菓で、焦がし練乳とも訳されます。楽天で購入可能なので、アイスに混ぜてみてはいかがでしょうか?

 名誉教皇ベネディクト16世のお気に入りはカッサータ・シチリアーナ。シチリア生まれのアイスケーキで、クリスマスやイースターのお祝いとして作られます。リコッタチーズを使い、フルーツやナッツをふんだんに混ぜ込んだアイスです。レシピはこちらにあります。

 そして、聖ヨハネ・パウロ2世の好みのフレーバーはマロングラッセでした。

(下の画像はアイスクリーム各社から過去に販売された商品です。)

 アイスクリームは確かに現代の食べ物ですが、主な原材料は牛乳と砂糖(甘味料)。旧約聖書で約束の土地が「乳と蜜の流れる土地」と表現されていることからすると、おいしいものは古代から変わらないよう。昔は冷凍技術がありませんでしたが、暑い時に冷たいものがほしいのも昔も今も変わりませんね。マタイはキリストの弟子が特に「冷たい」ものを必要としていると言いたかったようです。「わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(10・42)。

 



2017年

8月

09日

エディット・シュタイン

アロイス・プルム作ステンドグラス「エディット・シュタインとマキシミリアム・コルベ」(撮影はAnne-Madeleine Plum from Wikimedia Commons)の一部
アロイス・プルム作ステンドグラス「エディット・シュタインとマキシミリアム・コルベ」(撮影はAnne-Madeleine Plum from Wikimedia Commons)の一部
エディット・シュタイン、1938年か39年ごろ
エディット・シュタイン、1938年か39年ごろ

 8月9日はエディット・シュタインの記念日。1891年に厳格なユダヤ教徒の家庭に生まれた彼女は、哲学を学んで有名な哲学者エドムント・フッサールの助手となりましたが、女性であったため教授資格論文を書く機会がなかなか与えられませんでした。そんなころ、アヴィラの聖テレジアの自伝を読んだことがきっかけとなり、カトリック教会で洗礼を受け、教師として教えることになりました。しかし、ナチスのユダヤ人迫害によって教職が不可能になり、カルメル修道会に入会しましたが、1942年にアウシュビッツ強制収容所で殺されました。ヨハネ・パウロⅡ世によって1998年に列聖され、2000年にヨーロッパの守護聖人とされました。

 


2017年

6月

24日

当教会元主任司祭シャルボノ神父様、帰天

Fr. Paul Charbonneau
Fr. Paul Charbonneau

追悼ミサ


7月8日(土)午後3時~

 @白梅町修道院

7月15日(土)午後3時~

@当教会

 1985年から1988年まで当教会の主任司祭を務めたパウロ・ルイ・シャルボノ神父様(聖ヴィアトール会)が24日、カナダ・ケベック州ジョリエットのシャンパヌール・センターで亡くなりました。75歳、ちょうど先月18日に金祝記念日を迎えたところでした。

 シャルボノ神父様は1941年8月19日、アメリカ合衆国生まれ。聖ヴィアトール修道会に入会し、1963年に初誓願、1967年に司祭に叙階されました。1969年に来日し、1971年から1982年まで洛星中学・高等学校で教員として教えました。一旦カナダに帰国した後、1985年に再来日し、当教会の主任司祭に就任しました。1988年、カナダに帰国。1995年から2000年までコートジボアール共和国で活動した後、モントリオール近郊のウトルモンを中心に活動。2015年から、病気のため、シャンパヌール・センターの病棟に入っていたようです。

 2011年10月に当教会60周年記念ミサが行われた際、お祝いのため来日されたシャルボノ神父様は「日本語を忘れた」と言いながら、なつかしそうに挨拶しておられました。

 

主よ、みもとに召された人々に、永遠の安らぎを与え、

あなたの光の中で憩わせてください。アーメン。


2017年

6月

04日

遥かなるルネサンス展――天正遣欧少年使節がたどったイタリア

 展覧会公式ホームページはこちら

 神戸市立博物館のページはこちら

 7月17日(月・祝)まで神戸市立博物館で開催されている特別展では、ドメニコ・ティントレット「伊東マンショの肖像」画や伊東マンショの自筆書状などキリシタン時代の貴重な遺産を見ることができます。ほかにも、当時のイタリアの教会の事情が伺える絵画なども出展されているようです。

 キリスト教は宣教師たちによって日本に伝えられましたが、宣教師たちは日本に来ただけではなく、日本人がヨーロッパを訪れ現地のキリスト教を実際に見る必要があると考えました。現在の私たちも、ヨーロッパの教会の伝統から学ぶことがまだまたたくさんあるはずです。


2017年

6月

01日

聖ユスチノ殉教者

 6月1日は聖ユスチノ殉教者の記念日。ヨーロッパ思想の伝統は、キリスト教とギリシア哲学によって作られたとよく言われますが、キリスト教徒になった最初の哲学者がユスチノ。真理を求めてギリシア哲学諸派を遍歴した末にキリスト教信仰に真理を見出しました。そして、皇帝マルクス・アウレリウス治世下の165年ごろ、殉教しました。

 哲学と言うと、日本のカトリック信者には敬遠されるかもしれません。しかし、キリシタン時代にあっても、「お談義」と呼ばれる、理解と納得に訴える方法で宣教が行われてきたようです。信仰と理性の両方が大切です。名誉教皇ベネディクトによると、ユスチノは、「人間の手で儀式と慣習としきたりにおとしめられた」異教宗教を厳しく批判したそうです(こちらを参照)。真理を求めることを忘れたなら、私たちの信仰もそうなりかねないでしょう。


2017年

5月

28日

エルサレム昇天礼拝堂

 使徒言行録からすると、イエスが昇天したのはエルサレム近くの「オリーブ畑」。387年、この場所に一人の婦人によって教会堂が建立されました。その教会堂は破壊された後、再建されましたが、その中にはイエスの二つの足跡があったと記録されています。教会堂は再度破壊された後、十字軍によって再建されましたが、イスラム教徒に占領されました。しかし、巡礼に訪れるキリスト教徒が今も絶えないそうです(こちらにも解説があります)。

 ルカによる福音書には、罪深い女が涙でイエスの足を濡らしたとあります。仏教にも仏足石と言われるものがありますが、イエスの足と足跡は、神が人となったことの顕著なしるしとして信心の対象になってきたのです。


2017年

5月

13日

ファティマの牧童フランシスコとジャシンタ列聖

 今年はポルトガル・ファティマの3人の牧童に聖母マリアが出現してちょうど百年。教皇フランシスコは13日、フランシスコとジャシンタの列聖式をファティマで司式します。列聖式は現地時間10時(日本時間18時)から。その模様は上のYouTubeサイトで生中継されました。

 5月は聖母月。私たちも、教会のルルドのグロットの前に集まって祈ったり、家でロザリオの祈りをしてみてもよいかもしれません。


2017年

4月

12日

聖香油ミサ

2017年4月12日カトリック河原町教会聖香油ミサ退堂
2017年4月12日カトリック河原町教会聖香油ミサ退堂

 堅信や司祭の叙階の時などに使われる聖香油。聖香油は他の聖油とともに、聖木曜日あるいは聖木曜日以前の聖週間の日に司教の司式で捧げられる聖香油ミサで聖別されます。ミサの後、聖油は各小教区に持ち帰られます。聖香油ミサでは、司祭の約束の更新もされます。教区内の司祭たちが一斉に集まるので、司教と司祭の一致を確認できるミサでもあります。


2017年

2月

18日

フラ・アンジェリコ

 2月18日はフラ・アンジェリコ(1455†)の記念日。本名はグィード・ディ・ピエトロですが、説教者兄弟会(ドミニコ会)の修道士であり、天国にいるかのように清らかな生活を送り天国で描かれたかのように美しい絵画を描いたことから、「フラ・アンジェリコ(天使のような兄弟)」と呼ばれます。死後は「ベアート・アンジェリコ(天使のような福者)」とも呼ばれましたが、列福されたのは1982年。そして、その2年後にカトリック芸術家の守護者に定められました。

 宗教画しか描かず、描く前にはいつも祈っていたと言われるフラ・アンジェリコ。次のような言葉も残されています。「キリストの作品を作る人はいつもキリストとともにいるのでなければならない」。


2017年

2月

07日

ユスト高山右近列福

列福式ビデオ

故溝部脩司教、心のともしびで右近について語る

日本ニュース


2017年

2月

05日

ジョン・ヘンリー・ニューマン讃歌「導きたまえ、やさしい光よ」

Lead, Kindly Light

Lead, Kindly Light, amidst th'encircling gloom,

Lead Thou me on!

The night is dark, and I am far from home,

Lead Thou me on!

Keep Thou my feet; I do not ask to see

The distant scene; one step enough for me.

 

I was not ever thus, nor prayed that Thou

Shouldst lead me on;

I loved to choose and see my path; but now

Lead Thou me on!

I loved the garish day, and, spite of fears,

Pride ruled my will. Remember not past years!

 

So long Thy power hath blest me, sure it still

Will lead me on.

O'er moor and fen, o'er crag and torrent, till

The night is gone,

And with the morn those angel faces smile,

Which I have loved long since, and lost awhile!

 

Meantime, along the narrow rugged path, Thyself hast trod,

Lead, Saviour, lead me home in childlike faith,

Home to my God.

To rest forever after earthly strife

In the calm light of everlasting life.

導きたまえ、やさしい光よ

導きたまえ、やさしい光よ、私を囲む暗やみの中で
先へ導きたまえ
夜は暗く、家路は遠い
先へ導きたまえ
この足を支えたまえ、私が見たいのは
遠くのものじゃない。私には一歩で十分
 
こんな感じははじめて。これまでは祈りもしなかった
あなたが私を先へ導いてくださるようにとは
私の道を選び見つけることを好んだが、今は
あなたが私を先へ導きたまえ
日差しの強い昼を好み、不安を感じても
自負に動かされた。過ぎ去った年月を忘れたまえ

 

これまでずっとあなたの力が私を祝福した、そう、
これからも私を導いてくださる
荒れ野と沼地、岩山と急流を抜けて
夜が明けるまで
朝が来ると、天使の顔がほほえみかける
ずっと前は大好きでしばらく見失っていた天使の顔が

 

そのあいだ、狭いでこぼこ道に沿って
あなた自身が歩いてくださった
家まで導きたまえ、救い主よ、幼子のように信頼する私を
家まで、私の神のもとに 
地上の戦いのあと、とわに安らうために 
永遠の命の穏やかな光のうちに
(私訳)

 


2016年

12月

25日

祝降誕祭

2016年

12月

18日

眠っている聖ヨセフ

  教皇フランシスコは聖ヨセフが大好き。デスクの上には眠っている聖ヨセフの像(写真上)を置いているんだそうです。そして、悩み事を紙切れに書いて、その御像の下に忍ばせているとか。「ヨセフさまは眠っているときでも、教会の面倒を見てくれています」。パパ様はフィリピン訪問の際に、聖ヨセフのことや夢見る大切さについて詳しく話しています。こちらをご覧ください。

 


2016年

12月

03日

聖フランシスコ・ザビエル

ザビエル
ザビエル

 聖フランシスコ・ザビエルは日本にはじめてキリスト教を伝えた人物。京都でもキリスト教をはじめて伝えました。12月3日は彼の記念日です。

 来年7月14日から7月20日のあいだ、岐阜市市歴史博物館の特別展で、フロイスの書簡の写本とザビエルの自筆書簡が日本で初めて公開されます。巡礼のよい機会になるかもしれません。詳しくはこちらをご覧ください。

 

  ザビエルの生涯についてはこちら、ザビエルの祈りはこちらをご覧ください(いずれもイエズス会日本管区HP)。

2016年

11月

27日

馬小屋

画像は、オーストリア・ヴェルター湖の湖上馬小屋(出典はこちら)。

 今年も待降節となりました。去年(こちら)に引き続き、家庭で馬小屋作りを簡単に楽しむための海外のリンクをご紹介します。
 一つは、ガラス瓶の馬小屋。聖家族の胴体は端切れを巻いて作ります。
 もう一つは、お菓子の馬小屋。小屋は市販のビスケットを組み合わせてアイシングで固めます。人物はグミベアで。ドイツ語のページなので、検索マシンの自動翻訳でご覧ください。

2016年

11月

08日

聖エジディオ共同体

 第二バチカン公会議後、カトリック教会ではさまざまな信徒運動が起こりました。そのうちの多くはすでに聞かれなくなっていますが、今でも活発に活動している団体として聖エジディオ共同体があります。この共同体は、1968年にローマの一人の高校生アンドレア・リカルディとその仲間たちによって始められました。貧しい人への援助に始まって、紛争地域での和平の調停にも成功し、ノーベル賞にもノミネートされ、下町の国連とも言われています。日本にも、諸宗教対話や死刑廃止運動などの目的で会員が訪れています。以下のリンクも参照ください。

 

アンドレア・リカルディ著『対話が世界を変える―聖エジディオ共同体』(amazon)。
カトリック新聞オンライン11月3日記事「日本も死刑廃止を」
バチカン放送局2018年3月12日記事「教皇、聖エジディオ共同体創立50周年に関係者との集い


画像は聖エジディオ共同体の本部である聖エジディオ教会(ローマ)。


2016年

10月

28日

聖障(イコノスタシス)

 11世紀にカトリック教会とのあいだで分裂した東方正教会。しかし、1965年に互いの破門が解消され、イコンなどはカトリック教会でも用いられています。日本には、明治期にロシア正教会からの宣教で伝えられた日本ハリストス正教会があり、中でも京都の生神女福音聖堂は日本に現存する正教会の聖堂のうちもっとも古く建設されたものです。この10月28日より、第52回京都非公開文化財特別公開の一環として、同聖堂が特別公開されており、聖障(イコノスタシス、イコンを並べた衝立)などを見ることができます(11月7日まで、有料)。以下のサイトの記事も参照ください。

京都古文化保存協会

朝日新聞デジタル


2016年

9月

29日

遠藤周作没後20年

 母親からカトリック信仰を受け継ぎ、キリスト教と日本人というテーマを追い続けた小説家遠藤周作。長編小説『沈黙』などによってキリシタン迫害について発表する一方で、狐狸安山人の雅号でユーモアに富むエッセイを書いたことでも知られています。今年は、遠藤周作が亡くなってちょうど20年、『沈黙』の出版50年でもあります。来年はスコセッシ監督による映画「沈黙」の公開も予定されています(こちらをごらんください)。この機会に、遠藤周作の本を手にとってみてはいかがでしょうか。amazonの著者ページはこちらです。


2016年

9月

04日

マザー・テレサ、聖人に。

NHKニュース動画。

マザー・テレサの生涯についての動画(英語)。英語字幕をオンにしてご覧ください。

 

心のともしびの動画。

ノーベル賞授賞式スピーチの動画(英語)。テキストはこちら。日本語訳は『マザー・テレサ-最後の愛のことば』(リンク先はamazon)所収。


2016年

8月

15日

聖母の被昇天

Assumpta est Maria in caelum:

gaudent Angeli,

laudantes benedicunt Dominum.

(Gaudete et exultate omnes recti corde
quia hodie Maria Virgo
cum Christo regnat in aeternum!
Alleluja... Alleluja!)

マリアは天に上げられた

天使の群れは喜びに輝く(アレルヤ唱より)

 

(すべての心正しき人よ、喜び踊れ

今日、おとめマリアは

キリストとともにとわに統べられる、

アレルヤ、アレルヤ(私訳))


2016年

8月

06日

エンリコ・サヴェッリ展示会

  キリスト教の長い歴史の中ではたくさんの彫刻作品が生まれましたが、それは過去だけのことではなく、現在進行形です。こんにちもたくさんのキリスト教芸術家が信仰を表現し育み伝えるために活動しています。

 その一例がイタリアの彫刻家エンリコ・サヴェッリです。2015年に大阪で個展が開かれましたが、今年8月6日から31日まで京都伝統工芸館で、他のアーティストとの作品展に参加しています。詳しくはこちらをご覧ください。


2016年

8月

06日

主の変容

 

 8月6日は日本では広島への原爆投下の日。日本のカトリック中央協議会も、この日から終戦記念日の15日までを日本カトリック平和旬間と定めています。

 8月6日はもともとキリスト教会では主の変容を祝う日です。この習慣は4、5世紀に東方教会で始まりました。そして、15世紀、ベルグラード包囲戦での勝利を機にカトリックの典礼暦にも加えられました。


2016年

7月

19日

塗り絵でメディテーション?

 今や世界的なブームの塗り絵。昔からあった子供の遊びではなく、花や動植物などの繊細な線画を色で塗りつぶしていくことにヒーリング効果もあると言われています。日本でも、海外の塗り絵本の翻訳や、日本のイラストレーターによるオリジナルの塗り絵本が多数書店の店頭に並んでいます。

 そんな中、キリスト信者のメディテーションにも役に立ちそうな塗り絵も出版されています。上の本は英語の聖書の言葉に花などの図案が組み合わされています。左ページには新共同訳も載っています。下の本はフランス・スペインなど諸外国のステンドグラスの塗り絵。中にはモスクのステンドグラスもありますが、多くは教会のステンドグラスで聖書のシーンを描いたもの。最初の数ページには元のステンドグラスも載っています。

 キリスト教の歴史が浅い日本の教会は芸術作品も乏しいですが、こうした塗り絵を通じて、信仰生活をより豊かにできるといいですね。キリスト教の伝統にはさまざまな絵画があるわけですから、キリスト教出版社も、適切な解説を含み、メディテーションへのよい導きとなる塗り絵本を出してほしいものです。

(画像のリンク先はamazon)

追記
その後、日本人のイラストレーターによる聖句の塗り絵本『塗り絵で楽しむ聖書の美しい世界』が出版されました。作者の近藤圭恵さんはご主人の影響で洗礼を受けたクリスチャンであるようです。詳しくは動画をご覧ください。

2016年

5月

26日

聖体行列

 日本ではキリストの聖体の祭日は日曜日に祝われますが、カトリックの国や州では木曜日に祝われ、聖体行列が行われることもあります。聖体行列には自治体の代表者やブラスバンドが参加したり、道に花のカーペットが敷き詰められる町もあります。

下の写真はドイツ・マインツの今年の聖体行列のものです。


2016年

5月

16日

ミサと健康

 全米医師会の医学雑誌JAMA Internal Medicine2016年5月16日号によると、定期的に宗教行事に参加する女性はそうでない女性より、平均して5ヶ月寿命が長いということです。
 1992年から2012年まで20年間に及ぶアンケート調査の対象は、悪性腫瘍及び心臓疾患に罹患していない約7万4千人の女性で、その多くはカトリックまたはプロテスタントの看護婦でした。調査の結果は、週に一回以上ミサに参加する女性はそうでない女性に比べて死亡リスクが33%低いということでした。
 もちろん、医師はミサへの参加を一般患者の治療のために処方できるわけではありません。ミサへの参加はすでに信仰のある人だけに勧めることができると研究者は警告しています。

http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2521827#Results

 当教会では平日の朝のミサは7時からです。

 火曜日・金曜日(祝日を除く)の夜6時半から7時半まで聖体礼拝もあります。


2016年

5月

01日

聖母月

 日本では5月はすでに初夏の雰囲気ですが、より北方のヨーロッパでは春は5月とともに訪れます。さまざまな花が咲き乱れるその5月に、「救いの春」であるマリアへの信心業がカトリック信者のあいだで行われてきました。聖堂では花などで美しく飾られたマリアの聖像や聖画の前で、聖書の朗読や説教、聖歌や祈りが捧げられ、家庭でも小さな祭壇にマリアの御像や御絵が飾られ、ロザリオの祈りなどが捧げられてきました。

 上の画像は、中世の上ライン地方の画家による「小楽園—天国で聖人を総べられる聖母マリア」です。庭の18種類の植物には、象徴的な意味が込められています(たとえば、ヒナギクは純潔、サクランボは天国の喜び、アイリスは天の元后、タチアオイは癒しなど)。

 逆に、多くの植物が聖母マリアにちなんで呼ばれてきました(たとえば、スズランは聖母の涙、スペアミントは聖マリアのハーブ、プリムラは聖母の鍵など)。

 第二バチカン公会議後の典礼では、マリアは特に待降節に記念されます(教皇パウロ6世『使徒的勧告マリアーリス・クルトゥス―聖母マリアへの信心』第一節4参照)。ただ、ヨーロッパの古い信者たちが「イエスへの道」であるマリアの姿を身近な植物に見たように、私たちも日々の生活の中でイエスの道を見つけていきたいものです。

 

*参考:グラディス・テイラー『聖人と花』(八坂書房)


2016年

3月

27日

復活節

御復活

おめでとうございます

動画は復活節に歌われる聖母讃歌Regina caeliです。聖母讃歌についてこちらをご覧ください。


2016年

3月

26日

聖土曜日

聖土曜日は十字架上で死んだイエス・キリストが死の国に下ったことを黙想します。聖土曜日に復活徹夜祭が祝われると勘違いされることもありますが、聖土曜日は復活徹夜祭の入祭をもって終わります。

(画像は、フラ・アンジェリコ『黄泉へ下るキリスト』、1437-1446年頃、サンマルコ美術館)


全能永遠の神よ、あなたのひとり子は死の国に下り、

栄光のうちに復活されました。

洗礼によってキリストとともに葬られ復活したわたしたちが、

永遠のいのちに生きることができますように。

私たちの主イエス・キリストによって。

(『教会の祈り』結びの祈願より)

2016年

3月

25日

聖金曜日

主イエス・キリストの十字架死を記念する聖金曜日。一年で唯一ミサが捧げられない日です。キリスト教国のうちには法律によって休日(通常の祝日ではなく娯楽施設も閉館となる「沈黙の日」)として定められている国もあります。そのような国々では、典礼も、(非キリスト教国の日本のように晩ではなく)イエスが息を引き取った午後3時に合わせて行われます。


ビデオの聖歌はEsse lignum Crucis。

聖金曜日の典礼の十字架への崇敬の際に歌われます。

ラテン語テキストと日本語訳詞(『典礼聖歌』)は次の通りです。

Ecce lignum crucis,
in quo salus mundi pependit.
Venite adoremus
見よ、キリストの十字架、
世の救い。
ともにあがめ、たたえよう。

2016年

3月

24日

聖木曜日

最後の晩餐の制定を記念する聖木曜日。ミサの中では洗足式も行われます。洗足式の際に伝統的に歌われたのが Ubi caritasです。以下にラテン語テキストと日本語訳詞(『典礼聖歌』)を挙げます。


Ubi caritas et amor, Deus ibi est. 
Congregavit nos in unum Christi amor.
Exsultemus, et in ipso jucundemur. 
Timeamus, et amemus Deum vivum.
Et ex corde diligamus nos sincero.
Simul ergo cum in unum congregamur:
Ne nos mente dividamur, caveamus.
Cessent iurgia maligna, cessent lites.
Et in medio nostri sit Christus Deus.
Simul quoque cum beatis videamus, 
Glorianter vultum tuum, Christe Deus: 
Gaudium quod est immensum, atque probum, 
Saecula per infinita saeculorum. Amen.
愛といつくしみのあるところ 神はそこにおられる 
キリストの愛に結ばれ 
ともに喜び分かち合い 
真心こめて神を敬い 
愛の奉仕に努めよう
分け隔てをとりのぞき、
ねたみと争いを避け
主キリストを囲んで、
みな一つに集まろう
主キリストの輝く御顔
聖者とともに仰ぎ見る
まことの喜び限りなく
世々とこしえに至るまでアーメン。

2016年

3月

20日

受難の主日(枝の主日)

  エルサレムに入るイエスを歓迎する人々が手にしていた枝はナツメヤシと考えられています。しかし、ナツメヤシが生息しない地域では代わりに別の植物が典礼に用いられます。日本ではソテツが使われることが多いようですが、イタリアではオリーブ、ドイツをはじめ北方の国ではツゲなどが用いられます。

  写真の植物はツゲです。 


2016年

2月

11日

世界病者の日

 2月11日はルルドの聖母の記念日。1993年、ヨハネ・パウロ2世はこの日を世界病者の日と定めました。

  今年の教皇メッセージはこちらです。ヨハネ・パウロ2世使徒的書簡『サルヴェフィチ・ドローリス』邦訳こちらから買えます。英訳こちらです。

  ルルドでは聖母信仰だけではなく聖体への信仰が大切にされています。

 

 


2016年

2月

10日

四旬節

 灰の水曜日(今年は2月10日)から、40日間(日曜日を除く)に及ぶ四旬節が始まります。四旬節はもともと洗礼を受ける人々のための準備の期間でした。信者にとっても、復活祭を迎えるための大切な時期です。

(画像は、フライブルク大聖堂の四旬節の布の一部、Joergens.mi/Wikipedia、

http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/legalcode)


2016年

1月

18日

キリスト教一致祈祷週間(1月18日~25日)

カトリック中央協議会の解説はこちら

小冊子のダウンロードはこちら

近隣では、次の行事があります。

1月31日(日) 午後4~5時

日本聖公会聖アグネス教会

超教派合同礼拝(ポスターは右)


2015年

12月

24日

降誕節

 25日を過ぎると、日本ではお正月ムードですが、キリスト教国ではまだまだクリスマスの飾りつけです。教会暦では、1月1日の神の母聖マリアの祭日までが主の降誕の8日間、主の洗礼の主日(1016年は1月10日)までが降誕節です。年末年始の行事の中でも、飼い葉桶に寝かせられた主を思い出したいものです。

何千年も前から与えられていた神の言葉が小さな赤ちゃんの姿となり私たちのそばにいること――その考えられないイコンを観想する期間が降誕節である。ちょうど子供たちが馬小屋の前で人形を見て驚いているのと同じように、私たちも驚きに言葉を奪われてイエス自身である言葉をじっと眺める。驚く心こそ降誕節の心である。


2015年

12月

08日

いつくしみの特別聖年

*「いつくしみ」のラテン語原語はmisericordiaです。ラテン語のmisericordiaに相当する語は新共同訳聖書ではおおむね「憐れみ」と訳されています。「いつくしむ」と「憐れむ」のいずれも、「愛する」ことを意味しますが、「憐れむ」には「ふびんに思う」「同情する」「気の毒に思う」という意味もあります(『広辞苑』参照)。大塚京都教区司教の書簡菊池新潟教区司教のブログも参照ください。

*聖年とは、旧約聖書に記されているイスラエル民族の「ヨベルの年」に由来します。レビ記25章によると、50年に一度、畑を休ませ、負債を免除し、奴隷を解放する年があったのです。ヨベルとはもともと雄羊を意味し、そこから雄羊の角から作られる角笛を意味することになりました。その年の始まりに角笛が吹き鳴らされたところから、その年はヨベルの年と呼ばれることになりました。

*聖年がはじめて行われたのは1300年。ローマへの巡礼によって特別な赦しが与えられることが決められました。聖年はそれ以後も行われ、50年、33年、25年といった節目ごとに行われてきました(詳しくはこちらを参照)。また、そのように定期的に実施される聖年以外の聖年もあります。それは特別聖年と呼ばれ、特別な意向によって行われます。今回の聖年は、第二バチカン公会議閉幕50年を機とする特別聖年です。

*聖年は私たちが神の赦しをいただく年です。しかし、今回の聖年の特徴は、私たちが神の赦しを証しすることが教皇フランシスコの意向である点です(大塚京都司教2015年主の降誕司教メッセージ参照)。そのことは、今回の聖年のモットーが「いつくしみ深く御父のようにmisericordes sicut pater」(ルカ6・36、「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」新共同訳)であることにも表現されています。聖年のための祈りにも「教会がこの世において、復活し栄光に満ちておられる主のみ顔となりますように」「これら仕える者[=キリスト信者]に出会うすべての人が、神から必要とされ、愛され、ゆるされていると感じることができますように」とあります。

上のロゴは、イエズス会司祭マルコ・イヴァン・ルプニックによるものです。彼は現在ローマにあるアレッティ・センターの所長をしています。アレッティ・センターのサイトには、センターで制作された、たくさんの美しいモザイク画の画像が掲載されています。こちらをご覧ください。


動画

公式讃歌

特別聖年、開幕

「聖なる扉」、開かれる

いつくしみの宣教者、派遣


巡礼

9月1日(木)~9月10日(土)10日間

ヨーロッパ・カトリック聖地巡礼センター企画

特別聖年・イタリア巡礼とルルドへの旅

詳しくはこちら

10月31日(月)~11月11日(金)12日間

道の会企画

ローマ・アシジ・マルセイユ・ルルド 巡礼の旅

詳しくはこちら


催し

2月11日(木・祝) 9:30~16:00

聖ドミニコ女子修道会京都修道院

みことばを聴こう!「神のいつくしみ」

指導:米田彰男師(ドミニコ会)

対象:青年男女

米田師「神のいつくしみ」.pdf
PDFファイル 84.9 KB

6月26日(日) 12:00~

カトリック衣笠教会

講演会「マックの歴史と現状

—依存症体験からの報告―」

9月3日(土)15:30

~4日(日)14:00

望洋庵黙想会「いつくしみの特別聖年のいつくしみってナンダ?!」

望洋庵9月黙想会
e69c9be6b48be5bab5e9bb99e683b3e4bc9a.pdf
PDFファイル 244.8 KB

 

 


関連リンク

カトリック教会

バチカン公式サイト(西

カトリック中央協議会特集ページ

公式讃歌訳詞、ロゴ、祈り、教皇大勅書、教皇行事など。

京都教区 特集ページ

司教書簡司教年頭書簡読書会ちらし聖書講座召命祈願ミサ

一般メディア

日本語関連書籍

教皇フランシスコ

イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔―いつくしみの特別聖年公布の大勅書

(カトリック中央協議会、2015年)

 

(画像リンクはamazon)

教皇ヨハネ・パウロ二世

『回勅 いつくしみ深い神』

(澤田和夫翻訳、ペトロ文庫、2015年)

 

(画像リンクはamazon)

家庭の友2015年12月号

特集いつくしみの特別聖年

 

(画像リンクはサンパウロ)

カトリック生活2016年1月号

いつくしみの特別聖年記念号

 

(画像リンクはドン・ボスコ社)

特別聖年のための書籍(外国語)

(画像リンク先はamazon)

バチカン新福音化推進評議会より、特別聖年のために8冊の書籍が刊行されています。原語はイタリア語ですが、各国語に訳されています。日本語訳は(まだ?)ありませんが、以下に英語訳を挙げます。

The Psalms of Mercy: Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

The Saints in Mercy: Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

The Parables of Mercy: Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

Confession: The Sacrament of Mercy Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

The Corporal and Spiritual Works of Mercy: Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

Celebrating Mercy: Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

Mercy in the Fathers of the Church: Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

Mercy in the Teachings of the Popes: Pastoral Resources for Living the Jubilee (Jubilee Year of Mercy)

 

カスパー枢機卿『あわれみ―福音の根本概念にしてキリスト教的生活の鍵』

Walter Kardinal Kasper,

Barmherzigkeit.

Grundbegriff des Evangeliums - Schlüssel christlichen Lebens,

Herder 2013

教皇フランシスコが2013年3月17日のお告げの祈りで推薦しました。

 

Walter Cardinal Kasper,

Mercy: The Essence of the Gospel and the Key to Christian Life

(上記著書の英訳)


2015年

11月

29日

待降節

右の絵は、ベツレヘムで宿を探すヨセフとマリアを描いたもの。ドイツでは宿探しを演じる民謡もあり、待降節に歌われてきました。

プリンターとハサミとノリで馬小屋を作りませんか?

Paper City Nativity Scene

Wunderschöne Weihnachts-Krippe

 待降節の準備としては、Viator10号もご覧ください。


2015年

11月

01日

諸聖人の祭日

喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある(マタイ5・12a)

 古くから数多くいるキリスト教の聖人の伝記を一望すると、いくつかの事実が浮かび上がる。
1.聖人の職業は実にさまざま。私たちは、聖人になるには修道者になって修道生活を送って…とイメージするが、聖人には王もいれば乞食もいる。インテリも庶民も、医師もうつ病の人も、農民も教師も、ストッキングの会社の社長もいる。主人も召使いもいれば、年寄りも子供も女性もいる。あらゆる時代、国、身分、能力、職業にかかわらない。つまり、聖人とは私たちにとって身近な存在なのだ。
2.そこには犯されなかった罪がない。殺人(ステファノの石打ちへのパウロの賛成)、浮気、泥棒、詐欺など。
3.しかし、どの聖人にもある特別な経験がある。それは回心の経験である。第一に我に戻り、第二に赦しを得る経験である。ベネディクト16世もよく言っていたように、キリスト者にとって聖人は完全な者ではなく、赦された者なのだ。回心の形はいろいろで、パウロのように馬から落ちる場合もあれば、アヴィラの聖テレジアのように普通に信仰者の生活を送っていて得る場合もある。突然起こる場合もあれば長年かかる場合もある。しかし、心をひっくり返す経験がある。それは悪い生活から善い生活に移るのでなく、受け容れられ愛される経験、自分の力を越えた愛に覆われる経験である。なぜなら、「聖なるもの」は神だけだから。私たちは神に抱かれて、神の愛に自分をゆだねる時だけ聖人になれる。
4.聖人には、キリストに対する、はっきりした、独特の、理屈も疑いもない愛がある。キリストに対する個人的な深い関係がなければ聖人ではありえない。自然や静けさなど宗教的な生活を送るかどうかは無関係である。聖人の中には神秘的な聖人もいればそうでない聖人もいる。ただ聖人にはキリストに対する根本的な関係がかならずある。
5.聖人には深い祈りの経験がある。神学があるかないか、言葉を用いるか沈黙か、座ってか歩いてか、祈りの形はいろいろでも、キリストに対しての親しさがある。聖ヴィアンネが言うように、ある農民は何時間も聖体の前に座ってじっと見るだけ。具体的に言うと、聖体に対しての特別な関係のない聖人はいない。聖体なしに聖性はない。
6.聖人には愛から生まれる創造性がある。深い祈りから、創造的愛、手のある愛があふれ出る。病人に対して、あるいは賢い人に対して新しい道を拓く。リジューの聖テレジアのように、修道院の中で観想生活を送っていても宣教の保護者になる。修道会の創立者なら、一千人、二千人、三千人の人が歩ける道を拓いたことになる。いろいろな国に聖人がいて、その国でどのようにイエスの道を実現するかを教えてくれる。彼らの伝記を読むと、私たちは勇気をもらい、助けられる。
7.聖人には独特の喜びがあり、苦しみも越える。体の病気、敵からの迫害、教会からの迫害など、いろいろだが、人間的世間的でない喜び、「原因のない慰めconsolatio sine causa」(聖イグナチオ・デ・ロヨラ)がある。食べて喜び、人から拍手されてうれしいのには原因があるが、原因のない喜び、つまり神からの喜びと慰めがある。穴吊の刑を受けた長崎のマグダレナは、十三日間なかなか死なかった。しかし毎朝一つの手に慰められ、苦しみがなくなっていた。

 今日私たちが祝うのは、山上の説教の真福八端であるイエス自身に惹かれた人たちの祝い日。教会の歴史には、聖マリアをはじめ八百万の、記録が残っていないほどたくさんの、それぞれの形でキリストの道を歩んで今神とともにいる人たちがいる。特に私たちが祝うのは、洗礼の時に渡された聖人。そして、私たちの教会堂の守護聖人ヴィアトールを、また日本ではじめて私たちにキリストの話をしてくれたフランシスコ・ザビエルと日本の聖なる殉教者を祝いたい。 

2015年

11月

01日

11月のトピック

死者の射祷(レクイエム)

主よ、みもとに召された人々に、永遠の安らぎを与え、あなたの光の中で憩わせてください。

 秋が深まってきました。北の地方ではもう冬。カトリック教会では11月は死者の月とされています。1日は諸聖人の祭日、2日は死者の日。納骨堂での祈りはこちらをご覧下さい。


2015年

10月

15日

アヴィラの聖テレジア

アヴィラの聖テレジア記念日

カルメル会のシスター方、おめでとうございます。私たちのためにこれからもお祈りください。

祝生誕500年!

アヴィラの聖テレジアのNADA TE TURBE(恐れるな煩うな)を24カ国のカルメル会シスター93人が歌うバーチャル・コンサート。


2015年

10月

01日

10月のトピック

10月はロザリオの月です。聖母マリアへの祈りのページを新しく設けています。  

10月は世界宣教の月。詳しくはこちらをご覧ください。今週の資料(PDFファイル)はこちら。