年間第20主日

わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物である(福音朗読主題句 ヨハネ6・55より) 
 今日の箇所には「体」ではなく「肉」という言葉が出て来る。これは、ヨハネ福音書第一章の「受肉」に結びつく。つまり、ヨハネが言いたいのは、本当に私たちの姿になった、人間になった神であるイエスの後に歩かないといけないということ。それがイエスを食べるということであり、(ヨハネ福音書が書かれた当時の異端のグノーシス主義のように)イエスの言葉を象徴として哲学的に理解すると、私たちは永遠の命を得ることができない。「血」を飲むということも、ユダヤ人にとってはタブーだったが、私たちは人間の知恵で救われるわけはなく、神の子として神の命をもちながら十字架上で自分の血を流したイエスからしか救いはない。これが私たちの信仰の柱である。
 「私の肉を食べる」(56節)の「食べる」の原語は動物が歯で噛むことを意味する生々しい動詞。牛が一日中口の中で草を反芻するように、私たちはミサで聞いた言葉を自分の中に入れて噛み続ける必要がある。キリスト教国でない日本でキリスト者であるのは難しい。だから、行事を減らし大切なことに戻って、いつでもイエスの言葉を考えていたい。

(画像は、フラ・アンジェリコ「聖体の制定」、1441~1442年、サン・マルコ修道院)

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