聖家族

「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」(ルカ2・49)

ハインリッヒ・ホフマン「神殿にいる12歳のイエス」、1884年、ハンブルク美術館所蔵
ハインリッヒ・ホフマン「神殿にいる12歳のイエス」、1884年、ハンブルク美術館所蔵

 日本では降誕節とお正月が重なり、その結果、奇妙なことが起きる。世間では11月から店などでクリスマスツリーが飾られたりしてクリスマス気分だが、教会ではまだ待降節だから私たちはまだクリスマス気分にはなっていない。私たちがやっと降誕祭を迎え、その夜と次の朝にお祝いをすると、その25日にはもう、クリスマス気分は周りにない。安売りのケーキが売られているぐらいで、お正月を迎える雰囲気だ。もっとも、いつか日本がキリスト教国になったら、雰囲気はまったく変わるだろう。ヨーロッパやアメリカではキリスト教がすたれてきていて、アジアでキリスト教が勢いを増しているのが今の時代。

 典礼上、クリスマスは一日だけのお祭りではない。もちろん、降誕祭で私たちに与えられる言葉はとても大切だ。主の降誕の夜半や日中のミサの聖書の言葉は十分に消化できないぐらい豊かだ。けれども、それだけではなく、降誕のテーマはしばらく続く。私たちはいろいろなことで忙しくしていて気がつかない危険がある。たとえば今日、降誕祭直後の日曜日は聖家族の祝日と呼ばれる。聖家族とはイエス、マリア、ヨセフのこと。実は、教会で祝われる祝日としては比較的遅く定められた。もちろん教会にとって家族はとても大切だ。今のパパ様も家族についてのシノドスを開き、使徒的勧告『愛のよろこび』を出したほどだ。だから、この日に自分の家族や他人の家族のために祈ることは望まれるが、よく見ると降誕節の中の一日だ。12月25日から主の洗礼の祝日までは降誕節と呼ばれる。この間、聖書のとても大切な言葉が私たちに与えられる。それが私たちの信仰の根本だ。

 クリスマスと言うと、一般の人は、クリスマスツリーやサンタクロースを連想するだろう。少し知識がある人なら、イエスが生まれた時だと考える。しかし、それだけでは十分ではない。私たちがクリスマスに祝うのは、イエスが生まれたことだけではない。もちろん、イエスは実際に歴史の中で生まれた。ルカが書いたように「皇帝アウグストゥス」の時代に生まれたのだ。けれども、私たち信者がクリスマスに祝うのはもっと大切なことだ。2000年前にそこに生まれたその人が神であったこと、復活したことだ。だから、クリスマスはイースターと同じことを祝うのだ。それがキリスト者の信仰にとって一番大切なこと。私たちはこのことを念頭に置きながら、その降誕節の朗読を聞くのだ。

 C年の今年はルカ福音書を読みながら、イエスを見てイエスを知りイエスの後に歩むことになるが、今年の聖家族の祝日に私たちに与えられた朗読は少し不思議な出来事を語る。ルカがこの物語を書いたのは紀元70年頃。それは、イエスが宣教し十字架につけられ復活した後、キリスト教がローマ帝国に広がる頃だった。ルカは、イエスの復活のずっと後に、イエスの幼い頃のことを書いたのだ。ルカはその福音書と使徒言行録を書くときによく調べマリアからもよく聞いて、昔の出来事について書く。しかし、大切だが、ルカは細かい事実を記録するのではなく、神学者として書くのだ。つまり、何があったかを伝えるだけではなく、その出来事の意味を知らせようとする。ルカはその乳飲み子が誰だったか、どう生きて、何を教えて、どういう死に方をしたかを知った上で、昔のことを書いているのだ。そのために私たちは注意して読まなければならない。外面的な言葉の裏に、私たちのためのメッセージがあり、宝物があるから。

 「両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした」。イスラエルの民は年に2回神殿に上るように決められていた。けれども、ナザレはエルサレムへは100キロ以上かかったから、ほとんどの人はその規則を守らず、せいぜい年に1度上るぐらいだった。あまり信仰のない一般の人は一生に1度だけエルサレムに上った。しかし、マリアとヨセフは熱心な家族だったから、毎年エルサレムに上る習慣があった。興味深いことに、今日の福音書のこの冒頭には「両親」とあって「マリアとヨセフ」とは書いていない。後の箇所には「ヨセフ」という名前が出てくるが、ここに出てこないのだ。ルカにとって、この箇所の「両親」とはイスラエルの民の代表者を意味する。イエスもその両親からユダヤ人として育てられ、しきたり、行事、祈り、聖書を教えられたのだ。当時は私たちが知っているキリスト教はまだ存在しなかった。

 「イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った」。当時は、13歳になると一人前のユダヤ人として、儀式や食べ物に関するたくさんの掟を守らなければならなかった。12歳はその直前の年齢だ。今の日本では12歳は小学校を出る年齢なので考えられないが、日本で言えば成人式の直前の年齢に当たる。 「祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい」。外面的に見ればこの物語は少し奇妙だ。神から授かったかわいい子供を忘れて一日が経つとはありえないことだ。ルカはこの物語で何を言いたいのか。そのことを理解しようとして聖書学者たちはいろいろなおもしろいことも言う。当時はバスなどがなかったから、きっと歩いて帰ったが、男性と女性が別々に歩いていたのではないか。つまり、ヨセフとしては、イエスはマリアと特別な関係にあるから、あるいはまだ子供だからマリアといっしょにいると思い、他方マリアは、イエスはもう12歳で一人前だから父親といっしょに歩きたいのだろうと思ったなどと。聖書学者たちはそのような問題について考える。しかしながら、そういうことは実はなかったのだ。

 「三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた」。エルサレムは小さい町だから、子どもを見つけるのに、そんなに時間はかからないはず。子供がいないと気づいてから3日の後に見つけるとはどういうことか。ルカは私たちに何を言いたいか。聖書に親しんでいる私たちはあることを思い浮かべる。イエスが死んで婦人たちが墓に行き墓が空であることを知ったのが3日目だ。

 「聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた」。ここは少し注意すべきだ。日本語訳では「驚く」という言葉は今日の福音箇所に2回出ている。その一つがこの箇所。律法学者たちは子供の賢い返答を聞きながら驚いていた。ギリシア語原語では、ショックを受けるような驚きを意味する。それは、自分たちの考え方とちがったことをイエスが話していたから。つまり、ルカはこの物語で私たちに注意を促し、大人になったイエスを暗示したいのだ。この箇所には、ルカ福音書では最初のイエスの言葉について語られる。幼い時の物語はこのエピソードで終わり、20年足らず後、イエスの公生活が始まる。イエスの最初の言葉によって、それまで伝統を伝えてきた律法学者たちは驚いた。それは、その後、公生活が始まった時、イエスの教えに律法学者たちが驚いたのと同じだ。イエスは言う、「あなたがたも聞いているとおり、…と命じられている。しかし、わたしは言っておく」(マタイ福音書5章参照)。

 もう一つの「驚き」は両親の「驚き」だ。それは理解できない「驚き」だ。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです」。心配した母の言葉は心に沁みるが、それに答えるイエスの言葉は厳しく聞こえる。「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」。それはエマオの弟子たちへのイエスの言葉とも通じる(ルカ24・25)。しかし、ここに「父」という大切な言葉が出ている。ルカが私たちに伝えたいのは、ベツレヘムでマリアから生まれヨセフが世話したこの子が、人間であるだけではなく、父なる神の子だということ。イエスが来たのは、私たちに神の本当の意志を伝えるため、だからこれから注意するように、とルカは言いたい。

 マリアとヨセフはモーセから受けた掟を大切にする人たちだったが、まだイエスの弟子ではなかった。マリアも少しずつ、神を尊敬しイエスの母である者から、イエスの弟子になる。そのことは、ルカ福音書の他の箇所からもわかる。イエスが宣教を始め評判が広がった時、親戚が心配し、マリアもいっしょになって、イエスをナザレに連れ戻そうとした。人が「母上と御兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます」と言うと、イエスは言った。「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」(8・21)。マリアもその一生を通じて、イエスの母からイエスの弟子になる過程を辿らなければならなかった。マリアも魔術的にイエスの母、神の母になって、何の苦労もなく過ごしたのではなく、イエスを少しずつ発見しながら、イエスの弟子になって、最後に弟子たちといっしょに聖霊を受けた。そのためにマリアは教会の母と呼ばれる。

 今日ルカが私たちに言いたいのはこのこと。注意しなさい、あなたたちがクリスマスにその誕生を祝ったイエスはかわいい赤ちゃん、弱い者の姿をとっているが、私たちの中に生まれた神であり、私たちはその弟子になるべきだ、と。気をつけなさい、世間から受けたメンタリティをイエスに清めていただき、イエスの弟子になるべきだ、と。ルカが今日私たちに伝えてくれるのはそのことだ。ミサの集会祈願に「聖家族の模範に倣い」とあるが、模範と言っても外面的なことではない。外面的にはマリアになることもヨセフになることもできないが、だいいち時代も違うが、私たちは、イエスの弟子になって、イエスに倣って歩んでいくのだ。 「神殿の境内で学者たちの真ん中に座り」とあるのも、だからだ。当時座るのは先生のすることだった。今の日本の学校では先生たちは教壇に立つが、当時のイスラエルでは弟子たちが立ち先生だけが座っていた。福音書でも何度でも、イエスが座ったことが書かれている。そして、山上の説教のように宣言するのだ。イエスは今日私たちの真ん中に座って先生として私たちに教えようとする。弟子としての、また使徒としての心が私たちのうちに起こるように祈り求めたい。


聖家族の主日については、2016年2018年の黙想も参照のこと。

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