今週の聖句と黙想

2017年

12月

10日

待降節第2主日

神の子イエス・キリストの福音の初め。預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。…」そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。(マルコ13・34−35)

ピエロ・ディ・コジモ「若き洗礼者聖ヨハネ」、1490年代、メトロポリタン美術館
ピエロ・ディ・コジモ「若き洗礼者聖ヨハネ」、1490年代、メトロポリタン美術館

 私たちが属するローマ典礼の古い伝統によると、待降節第二主日と第三主日は洗礼者ヨハネが主人公。B年の今年、興味深いのは、一年を導くマルコ福音書の冒頭箇所、第1章第1節―8節が読まれること。
 特に注目されるのは、第1節。この短い文は簡単には説明できないが、有名な4つの言葉が並んでいる。「神の子」「イエス・キリストの」「福音の」「初め」。「福音」と「福音書」は西洋語では同じ言葉だが、「福音の初め」というのは、たんにマルコ福音書の初めという意味ではない。この4つの言葉は、よく見れば、マルコの福音書全体のまとめだ。それは、マルコが、そしてマルコに続いて教会が世界に伝えようとする信仰のすべてだ。音楽の曲の最初に示されたモチーフが後からさまざまな形で表現されるように、この4つの言葉で言われていることは後にさまざまな形で語られるのだ。
 マルコによる福音書は簡潔に書かれている。だから、古い時代にはあまり大切にされていなかった。しかし、現代の聖書学では最初に書かれた福音書として重要視されている。ペトロの弟子であるマルコがペトロといっしょに行ったローマで書いたとも考えられ、ローマ人のために書かれたと考えられている。また、復活祭の夜、全部を朗読するために書かれたとも言われる。こんにちでも通読が勧められる。全部を一度に読んでも、1時間半ぐらいで読め、全体の流れがわかってとてもおもしろい。
 さて、最初の文の4つの言葉は日本語訳では順番が逆になっているが、ギリシア語原文では「初め」「福音」「イエス・キリスト」「神の子」の順番である。
 簡単に説明すると、第一に、「初め」という言葉は、聖書では非常に重要な言葉だ。創世記の最初の言葉であり、(マルコ福音書の数十年後に書かれた)ヨハネ福音書の最初の言葉でもある。「初め」という言葉はギリシア語ではアルケーだが、この言葉は当時、ギリシア人の哲学者が重要な意味で使っていた言葉でもある。だから、マルコ福音書の冒頭のこの言葉は、神のわざによる根本的な始まり、新しい創造、失敗からの立ち直り、ゼロからの人生の再出発を連想させる。
 第二に、「福音」は、ただ福音書ということではなく、文字通り「良い知らせ」ということ。この言葉はイザヤを連想させる。イザヤにとって、「良い知らせ」とは、奴隷が自由を得ること、奴隷の状態から解放されること。マルコ福音書のたくさんの箇所に癒やしの奇跡が出てくるから、「良い知らせ」とは体の癒やし、また心の癒やしのことだろう。「福音」という言葉にはまた、神の養子にされるニュアンスもある。
 第三に「イエス・キリスト」。私たちにとって慣れ親しんだ言葉だが、ここで福音書ではじめて、イエスとキリストのつながりが出されたことになる。だからマルコは福音書の冒頭でその中心として、イエスはキリスト(救い主)であると言っているのだ。そして、ここで言われているのは、福音の初め、アルケーが、ただの理屈や知識や哲学ではなく、一人の人、具体的な人物であること。今年B年の一年マルコがエピソードなどいろいろな形で私たちに語るのは、イエスが救い主であることを知るためだ。このことをイエスの弟子たちのうちで最初に宣言したのはペトロだった(9・20)。ペトロはきっと、自分が最初にそう宣言したと自慢しながら弟子のマルコに言っただろう。さらに、マルコ福音書の最後で、弟子たちがイエスを裏切った後、ローマ人の百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」と言う(15・39)。この言葉は、マルコ福音書の中心だ。ローマ人のために福音書を書いたマルコは、他の福音書記者よりもローマ人の百人隊長のことを書いたのだ。
 要するに、マルコ福音書最初のこの一文は簡単なことではない。これはマルコ共同体の信仰宣言だったと聖書学者は言う。キリスト教黎明期において、イエスは本当に復活した、イエスは神の子であるということは自分の信仰を表明する信仰宣言だった。それはこんにちに至るまで教会とともに伝えられた信仰宣言だ。ペトロとマルコにとっては、この信仰宣言を伝えることが教会のミッションだった(16・20)。教会は、イエスがキリストであることを宣言するために呼ばれている。

 次に洗礼者ヨハネ。マルコにとって、旧約と新約のあいだに洗礼者ヨハネがいるのは、メシア、キリストのための準備のシンボルとなる人物だから。マルコは、洗礼者ヨハネの姿を描く時、二つの特徴を強調して描く。それは預言者としての特徴とエリヤの生まれ変わりとしての特徴だ。洗礼者ヨハネは最後の預言者であり、預言者の役割を完全な形で果たす。それを表現するためにマルコが用いるのは、服装など外面的な特徴だ。私たちにはつまらない特徴に思えても、本当の預言者であることを示している(ザカリヤ13・4「毛皮の外套」)。いなごという特殊な食べ物も、パンがなく断食していたエリヤを連想させる文学的な装置だ。要するに、ペトロ=マルコは洗礼者ヨハネを、ユダヤ人のうちでメシアを待っている人の本物の人物として私たちに示したいのだ。

 マルコの洗礼者ヨハネが伝えるメッセージは何か。洗礼者ヨハネの言葉は旧約聖書のマラキやイザヤなどのいくつかの言葉をまとめたものだ。聖書学者が想定するのは、福音書が書かれる前にイエスを宣教していた人たちが所持していて後に失われた覚え書。そこにはたとえば、イエスが救い主である証拠として旧約聖書のいくつもの言葉が記されていたと考えられている。マルコはその覚え書を用いているかもしれない。その覚え書には別の言葉も記されていただろう。イエス自身も変容の山から降りた時、洗礼者ヨハネについて言う、「エリヤは来たが、彼について聖書に書いてあるように、人々は好きなようにあしらったのである」(9・13)。
 マルコによると、ヨハネには二つの根本的な役割があった。それは説教することと洗礼を授けることだ(ギリシア語ではケリュグマとバプテスマ)。洗礼者ヨハネはイエスとは違って、祭司の子だった。当時多かった祭司の一つの役割は、過ぎ越し祭などの大きな祭の際に、異邦人の国からエルサレムに上る巡礼者に教えを伝えることだった。ヨハネは異邦人の国との境界にあるヨルダン川で活動していたから、ヨハネの活動はまさにそのような役割から始まったのかもしれない。彼の説教は非常に力強く、言葉だけではなく、情熱を感じさせる。彼は、キリストが来ることを宣言しただけではなく、キリストの迎え方も力強く教えた。今日の箇所には、たくさんの人たちがエルサレムからもやってきたと書いてある。イスラエルには200年前から預言者が現れず、神の言葉が聞かれなかったから、洗礼者ヨハネが現れた時はみんなが集まったのだ。彼の説教の内容は厳しく見えるが、マルコは厳しさよりも魅力を強調する。メシアが来て、新しい時代が始まる印象が強い。
 ヨハネは洗礼を授けるが、水と回心の洗礼だけだ。聖霊による洗礼はメシアが授けるはずだから。洗礼者ヨハネの弟子だった福音書記者ヨハネは特に、洗礼者ヨハネが花婿の介添人であることを強調する(ヨハネ3・29)。洗礼者ヨハネは神の子であるキリストとその民の婚姻のために来たのだ。
 マルコによると、洗礼者ヨハネの態度は、キリスト者ももつべきだ。洗礼者ヨハネがキリストを宣言したのと同じように、教会もイエスが救い主であることを宣言する宣教の使命を受けている。マルコが示す洗礼者ヨハネは過去の人間ではなく、彼のミッションは今は教会がもたなければならないもの。ペトロは、教会はイエスの再臨に備えなければならないと言う(二ペトロ3・8−14)が、マルコの示す洗礼者ヨハネは、終末論よりも今の生き方にかかわる。洗礼者ヨハネは教会にとって、教会の福音宣教の模範だ。今日の第一朗読にある、慰めと解放をもたらす救い主を宣言する模範だ。私たちも洗礼者ヨハネのように、イエスの先触れであるべきだ。私たち一人ひとりも社会の中でキリストを伝える宣教師として神から派遣されている。
 洗礼者ヨハネ、そしてマルコが宣言するイエスは強い人だ。このことはマルコ福音書のあらゆる箇所に出ている。イエスの愛は悪より強く、どこでも働くことができる。
 マルコ福音書の洗礼者ヨハネ、そしてマルコ福音書の全体は、キリストに出会う喜びを告げている。そこには、キリストが来る道を整えることが可能だという信仰がある。罪が絶対的最終的な力をもっているのではなく、罪から立ち直ることができるという信仰の上に立っている。だから、私たちも自分が生きている環境の中でキリストの道を整えることができるのだ。キリストはこの道を一度来ただけではなく、私たちの世界のうちにさまざまな形でずっと来ている。新しい目で日々の生活を見直したい。
 私たちも預言者だ。ただしキリスト者が預言者であるとは、ただ未来を予知するということではない。それはキリストをこの世にもたらすということだ。私たちは今、イエスをこの世にもたらすため、マリアのように身ごもっている。


過去の聖句と黙想はこちら

トピック

2017年

12月

03日

聖フランシスコ・ザビエル

エラスムス・クェリヌス2世「聖フランシスコ・ザビエルのヴィジョン」1656年、インディアナポリス美術館
エラスムス・クェリヌス2世「聖フランシスコ・ザビエルのヴィジョン」1656年、インディアナポリス美術館

 日本にはじめてキリスト教を伝えた宣教師として日本でも有名な聖フランシスコ・ザビエル。日本の守護聖人でもあります。12月3日は彼の記念日。今年は日曜日になったため、イエズス会の教会では翌日4日に記念されるようです。

 パリ大学在学時の若いザビエルは司祭になろうとしていたものの、純粋な動機からではなく教会内での高い地位を目指していました。ところが、イグナシオ・ド・ロヨラと出会い、他の仲間たちとともに誓願を立てます。聖地エルサレムに巡礼するという誓願でしたが、教皇の命を受けインドのゴア(当時ポルトガル領)に赴くことになります。教皇使節として派遣されながらも、司教館ではなく病院に住み込み、周辺の住民の司牧にいそしむザビエル。一人の日本人と知り合って日本に行く決心を固めます。1949年、鹿児島に到着、宣教を始め、教義の日本語訳にもかかります。しかし、天皇に会うことは叶わず、まずは中国皇帝を改宗させようと一旦ゴアに戻ったあと中国本土に渡ろうとしている時に天に召されました。

 ザビエルが日本から送った手紙(抄訳はこちら)に刺激を受け、多くの宣教師が来日しました。しかし、禁教令が発せられ、キリシタンは大弾圧を受けます。明治の開国、そして大戦後も多くの宣教師が訪れましたが、日本では信者は少なく、その少ない信者も今では高齢化しています。宣教師にとってチャレンジであると言われる日本。そんな国で信者である私たちはまず信仰に導かれたことを喜びたいです。今日はザビエルだけではなく、これまでに来日した宣教師たちを思い、信仰の賜物に感謝してもいいかもしれません。そして、私たちも宣教の勇気を聖人の模範から得たいです。

 「聖フランシスコ・ザビエルの姿を観想すると、福音宣教に生涯をささげて救い主イエスの福音の素晴らしさを伝える人びとのために祈る呼びかけを感じます」(ベネディクト十六世の45回目の一般謁見演説)。 


今後の主な予定

12月10日(日)

日曜学校クリスマス会(@司祭館ホール)

12月24日(日) 19:15~

主の降誕(夜半のミサ)

12月25日(月) 10:00~

主の降誕(日中のミサ)

1月1日(月) 10:00~

神の母聖マリアの祭日ミサ

日時変更とお休み

年末年始は次のように変更となります。

 

12月26日(火)~30日(土) 平日ミサお休み

12月26日(火)~1月5日(金) 聖体顕示お休み

12月26日(火)~1月5日(金) 入門講座お休み

事務室の在室時間は暫定的に以下の通り変更となっています(在室時間の変更に御注意下さい)。

 

日曜日 8:30~15:00

月~水、金、土 10:00~15:30

(木曜日定休)

 

*電話は上記の時間外でも応対できます。

*11月20日(月)〜12月8日(金)は変則的ですので、ご注意ください。

聖体顕示の開始時間は18:30となっています。

カトリック教会のニュース


お知らせ

教会を会場として行われるイベントの紹介