今週の聖句と黙想

2018年

7月

15日

年間第15主日

イエスは、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。(マルコ6・7)

ジェームズ・ティソ「二人ずつ遣わした」、1886−1896年、ブルックリン美術館
ジェームズ・ティソ「二人ずつ遣わした」、1886−1896年、ブルックリン美術館

 先週の福音箇所で、ナザレに戻ったイエス。しかし人々が信じないために奇跡を行うことができず、彼自身驚く。それ以降、マルコ福音書では、イエスは一度も会堂に行っていない。奇妙なことに、宗教の場所は神の霊を受け入れるのがもっとも難しい場所で、行っても無駄だと考えたのだろう。そしてイエスは、周りの村々で宣教を始める。宗教の中心ではなく、見捨てられた貧しい人たちのところに行くのだ。

 今日の箇所でイエスは、そのために選んだ弟子たちを集める。そこには大切な言葉がある。「イエスは十二人を呼び寄せ、二人ずつ組みにして遣わすことにされた」。「呼び寄せる」「遣わす」という二つの動詞が大切だ。そして、実は、ギリシア語では「遣わすことを始める」とある。つまり、派遣は一度だけの出来事ではなく、それ以降ずっとこんにちまで続く出来事であり、それがその時始まったのだ。だから、今日の箇所は教会にとってキリストによる派遣が始まる決定的な瞬間だ。その大切な原点に今日、教会は私たちを連れ戻す。

 その大切さがよくわかるように、教会の典礼は、まったく違った時代に書かれた別のページを紹介する。第一朗読のアモス書はすばらしい本だが、紀元前8世紀に書かれた。ということは、第一朗読と福音朗読のあいだには900年の年月がある。それなのに、なぜこの箇所が選ばれたか。イスラエルには古くからさまざまな預言者がいて、預言者の集団もあった。けれども、最初に自分の言葉を書き残したのがアモス。イザヤをはじめ有名な預言者はずっと後に出て来る。

 アモスの時代、イスラエルは北と南の二つの王国に分けられていた。北の王国の中心はベテルという町。現在のエルサレムからは2、30キロだ。ベテルには神殿があって、神殿の中には金の雄牛が祭られ、そのために特別な祭司が任命されていた。その町にアモスが行き、腐敗や不正、性的逸脱を厳しく批判する。それに対し、大祭司アマツヤは王ヤブロアムに味方してアモスを追い出そうとする。自分の国に帰れと。アモスは反論して言う、「わたしは預言者ではない。預言者の弟子でもない」。私はその集団に属しているから活動しているのではない。私は自分の国で仕事があり、食べていくことができたから、お金のために預言しているのではない。私には大きな出来事があった。神の声が聞こえたのだ。―この点が重要だ。つまり、預言者アモスが活動するのは、神の声を聞いたから、神に呼ばれたからだ。教会はそこに今日の箇所との共通性を見出す。最初の預言者アモスと、イエスが12人の使徒たちを集めて彼らに指示を与えたことには共通するものがある。どちらも、教会にとって大切な原点だ。神からの呼び出し、神の経験がなければ、派遣もないのだ。イエスはすでに山に登ったときに、12人の弟子を使徒として任命していた。そして、今日の箇所で、彼らを遣わすことを始める。それはこの箇所で終わることではなくて、イエスから呼ばれて送られる宣教はキリスト者の道でもあるのだ。

 「二人ずつ組にして」。「二人」は、最小の共同体で、共同体の始まりだ。イエスの考えでは、宣教はいつも共同体にかかわること。一人ではなく二人で出かけることによって、互いに信頼し合い、助け合い、苦労を分かち合い、相談し合うことができる。宣教は教会の事柄なのだ。

 「汚れた霊に対する権能を授け」。「権能」と言っても、悪霊を追い出すためのものだから、人より上に立つとか人を抑圧するということではない。だから、「権能」とは、権力ではなく、役割を意味する。弟子たちもそれを理解するのに苦労していた。

 「汚れた霊」。霊には、神からの霊と、神に反する霊の二つがある。使徒たちは神に反する霊を追い出すために送られたのだ。

 「命じられた」。この言葉をマルコはこの箇所だけで使っているようだ。使徒たちはひょっとするとイエスの指示に反発していたかもしれない。

 「旅には杖一本のほか、何ももたず、パンも、袋も、また帯の中に金ももたず、ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」」。派遣については、マタイ福音書にもルカ福音書にも記述があるが、マルコの記述はもっとも古い。もしかしたら、この言葉はイエスが使った言葉そのままかもしれない。

 不思議なことにマルコは宣教の内容を記していない。神の国を述べ伝えるために行きなさいとイエスが言ったとは書いていない。マルコが強調するのは、何をしに送られたか、どんなメッセージを預かったかより、出かけるときのあり方だ。マルコはメッセージの内容より、メッセージを伝える人のあり方を伝える。内容と内容の伝え方は関連する。話し方、生き方がメッセージの妨げになってはいけない。遣わされる人たちは人に自由を与えるだけではなく、自ら自由でなければならない。圧迫されておらず、重荷を負っていないのでなければならない。要するに、間違った宗教、イデオロギーから解放されたあり方だ。神の国の知らせを受ける妨げになるものから人を解放するためには、自ら解放されていなければならないのだ。宣教の特徴は素朴さ、シンプルさだ。大げさなことではなく、神と人との直接の関係なのだ。

 「足の裏の埃を払い落としなさい」。ユダヤ人には、異邦人の家から帰る時に足の埃を払う習慣があった。しかし、ここは逆だ。イエスにとって問題なのは、ユダヤ人に対する異邦人ではなく、神の御心を行わない人だ。そこに、汚れがある。イエスは自分の家族が来たとき、彼の家族は血縁関係ではなく、神の御心を行う人だとはっきり言った(4・35)。

 今日の第一朗読と福音朗読は宣教の始まりだ。この二つの箇所は、2000年前、あるいは3000年前の物語ではない。教会にとってこんにちの私たちにもあてはまることだ。第二朗読でパウロはすばらしい言葉で神と出会う7つの段階について語っているが、そのように神と出会った私たちも宣教の担い手になると教会は言いたいのだ。私たちは世が始まる前から選ばれ、いろいろな恵みをいただき、キリストに出会い、キリストの復活を知って、キリストから送られるのだ。私たちのその物語は最初の派遣の続きだ。

 最後に、派遣と宣教は信仰の尺度だ。いただいた神の言葉を人に伝えたい心があるかどうかが、信仰があるかどうかを測るものさしになる。宣教は義務ではなく、心の要求だ。自分が経験したことを人に伝える要求がないなら、本当の信仰をもっていないことになる。

 


過去の黙想はこちら

2018年の黙想はこちら

トピック

2018年

5月

31日

前田万葉大司教(大阪教区)、枢機卿に

 2009年に白柳枢機卿が亡くなって以来、日本人の枢機卿はいませんでしたが、前田万葉大司教(大阪教区)が枢機卿になることが先日発表されました。日本人としては6人目です。詳しくはこちら(カトリック中央協議会)をご覧ください。

 前田大司教は1949年、長崎五島列島生まれ。生まれ育った中通島の仲知は住民のほとんどがカトリック信者で、子どもたちは毎朝ミサに通うのがふつうだったとのこと。家族にも、明治初期のキリシタン迫害に遭った曽祖父や、村八分にされながらカトリックに改宗した祖父がいるそうです。父の兄の一人は司祭となり、父は司祭になる夢をかろうじて断念して小学校教員になり、11人の子どもを育て息子4人を神学校に入れたそうです。「なぜ信者にしたのか」「なぜ神学校にやったのか」と親を恨む時があっても司祭になった長男が万葉神父。一年の助任を経て、五島列島、佐世保、平戸の主任司祭を歴任します。

 ちょうど叙階15年目に動脈の難病(ビュルガー病)になり入院手術。足の切断の可能性を医者に指摘されて、一日約50本吸っていたタバコも絶ちました。しかし、病気は「力と希望」「勇気と解放」のきっかけになったよう。その後、高校の卒業式の訓話で湾岸戦争に触れて新聞に載ったり、教会敷地内のアスファルト舗装計画に待ったをかけたり。

 そして、31年にわたる小教区での司牧活動の後、中央協議会事務局長に就任し、その5年後に広島教区司教に、さらに3年後に大阪教区大司教になります。主任時代からエキュメニズムの集いに参加していましたが、司教としても中央協議会でエキュメニズム関係の委員長を務めています。

 昨年、『烏賊墨の一筋垂れて冬の弥撒』(リンクはamazon)という本を出版したそうです。教会報の文章や講演・対談をまとめたもので、教会生活のさまざまな問題が触れられていて、長崎の信者の信仰や教会の具体的な様子を知るためによい本です。しかし、一番の特徴は、頁のあちこちに俳句や短歌が散りばめられていること。神父様は万葉という名前のために人から勧められて俳句を作るようになったのだそうです。本の題名となった俳句は、釣りから早朝のミサに駆けつけた時のことを詠んだもの。

 他にもいくつか紹介しましょう。

 

飼い葉桶餌と成しか神の御子

 

この句を神への冒瀆と非難した司祭もいるそうですが、ミサの祭壇は、キリストが私たちを生かすためにパンとなりぶどう酒となる場だから、飼い葉桶のようなものだと言います。キリストが「仕えられるためではなく仕えるために」(マタイ20章)来たというのはまさにそのことだということ。そういう愛を体験してほしいと、結婚式の司式の際にはいつも「仕え合って仕合せに」と説教するのだそうです。また、自身の父も11人の子どもを育てるため学校の仕事の後も深夜まで畑を耕すほど働いて早死したそうです。風邪を顧みず青年の聖地巡礼に付き添い肺炎で亡くなった故島本要長崎大司教も「私たちはいかに美味しく食べてもらうかだね」と言っていたというエピソードも本書で紹介されています。

 

10月や繰るコンタツは家庭の和

 

子供のころ、父母が夫婦喧嘩しても、夕の祈りの時間になると、何もなかったように、家族いっしょに祈ったとのこと。そのため、父母が喧嘩していると、子どもたちからロザリオの祈りを始めることがあったそうです。こんな信仰の原体験が新枢機卿にあるのですね。

 パリ宣教会の神父様たちも、迫害に遭った時には十字を切って「天にまします」「めでたし」を唱えることを信者に教えていたのだそうです。

 

 谷川の水をもとめし鹿のごと

神を慕いし先祖らの御堂

 

曽祖父の一人白浜岩助は平戸の牢で拷問を受け、棄教すると言って帰ると、キリシタンに戻ったそうです。そして、痛悔と困窮の中で建てたのが野首天主堂(野崎島)。「神様はその都度『私を愛しているか』と問われるはずです。それで転んだとしても、それにも増して、また『愛しているか』と問われるのです」。「岩助爺も若い時には、もう信仰を捨てますと言ったかもしれないけれども、一生をかけてその償いをして、そして、一生をかけて信仰を証した。そして、最後は、殉教と同じだと思います」。

 新枢機卿が受けた使命に忠実であるように祈りましょう。


今後の主な予定

7月15日(日)~16(月) 

洛北ブロック夏期学校(@京北山国の家)

参加費 3,000円(半額補助あり)

申込は6月24日までに教育部まで。

9月24日(月・祝) 

洛北ブロック聖体大会

テーマ:教会共同体づくり

日時変更とお休み

事務室の在室時間は現在のところ以下の通りです。なるべくこの時間帯に来室・連絡下さい

 

月・火・水、金 10:00~12:00

 

*変更の可能性があるため、来室の際には電話(075―724―6623)で確認願います。

聖体顕示は金曜日18:30〜19:00となっています。

カトリック教会のニュース

当教会でいっしょにミサに与っていた霧島彬さんが助祭に叙階されたことが鹿児島教区報に載りました。霧島さん、おめでとうございます!これからも霧島さんのために祈りましょう。


お知らせ

教会を会場として行われるイベントの紹介

Since 14 Sep 2013